2008年 06月 21日 ( 1 )

内田樹さんの分かりやすさ 9

内田さんは『寝ながら学べる構造主義』の中で、ロラン・バルトの「作者の死」という概念を説明する。この概念は、非常に分かりにくいものだと思う。この概念に最初に僕が出会ったのは、これを批判する三浦つとむさんの文章でだった。

三浦さんは「東西粗忽長屋物語」という比喩でこの批判を語っていた。落語の粗忽長屋物語では、行き倒れになった死骸が、長屋の熊さんに似ていて、その当の熊さんが死骸を抱いて、自分に対して「しっかりしろ」などと声をかける。そうすると、確かに目の前に見ている死骸は「熊さん」つまり自分だけれど、それを抱いて介抱しているのは誰だということになる。眺められている存在の自分と、眺めている存在の自分とが二人いるのはどういうことなのかということが哲学的な問題として生じてくる。

これを形式論理的に解釈すれば、自分が二つに分裂することはないという前提で考えて、一方が自分であれば他方は自分ではないという結論になる。実際に存在する人間が二つに分裂することはないから、落語の粗忽長屋物語の熊さんは、死骸を抱いているほうが本物で、死骸になった人物は、熊さんに似てはいるが別人であると結論しなければならない。そうでなければ形式論理的な矛盾を生じてしまう。

More
[PR]
by ksyuumei | 2008-06-21 13:43 | 内田樹