昨日たまたまテレビを見ていたら、開戦当時の日本を描いたドラマをやっていた。ビートたけしが主人公の東條英機を演じたドラマで、主人公にするくらいであるから、A級戦犯としての東條のイメージとはかけ離れた、その人間的な魅力を描いたドラマとなっていた。
僕はその当時の日本の歴史的事実や東條英機の伝記に詳しいわけではないので、そこで描かれていた事実がどの程度「本当」であるかという判断は出来ない。だが、フィクションとはいえそこに嘘が描かれているという可能性は少ないだろう。ほとんどは、事実として確認出来る「真実」を元にして描かれていると思われる。だが、そこで語られていることがたとえ「事実」であったとしても、それを抽象化して「判断」を求めると、必ずしも「事実」と直結した「判断」が導かれるとは限らない。 ナチス・ドイツの高官たちは、ほとんどが家庭では良き夫であり・良き父親であったと言われている。その面だけを取り上げれば、彼らは魅力的で誠実な人間だったと「判断」されるだろう。しかし、ユダヤ人を迫害した面を考慮に入れるなら、この良き家庭人としての面は総合的な「判断」の中では末梢的な部分を占める「事実」になるのではないかと思われる。テレビドラマに描かれた東條の一面の「事実」も、東條を総合的に評価するには、それが本質を表しているかどうかを考えなければならないだろう。だが、そこまでの詳しい知識がない今の僕の段階では、そのような考察をすることは難しい。そこで、テレビドラマに描かれたことを「事実」だと前提にして、その「事実」を受け取った限りでの東條の印象を考察してみようかと思う。テレビドラマに描かれた東條を見れば、その姿から東條という人間がどのような人間であると受け取れるのか。それを考えてみたい。 東條は、「東條英機 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』」によれば、「父英教は陸大を首席で卒業した俊才であった」が東條英機自身は「陸軍士官学校をクラス50人中42位で卒業」と書かれている。このあたりのことは、ドラマでは東條は秀才のエリートではなかったが努力によって最高の地位にまで上り詰めた人間というふうに描かれていた。 実際には、陸軍幼年学校に入り、陸軍士官学校を卒業したのだから、その経歴を見ればエリートの一人であることは間違いないと思う。ただ、そのエリートの中では落ちこぼれていた人間だったのかもしれない。このことはドラマでは好意的に描かれていた。何でもトップに立っていた優等生ではなく、落ちこぼれることによって人の痛みや欠点を知ることの出来た、人間味のある人物として描かれていた。これはドラマの描かれ方と実際の姿とは近かったのではないかと思う。 ウィキペディアの記述には「非常な部下思いであり、師団長時代は兵士の健康や家族の経済状態に渡るまで細かい気配りをした。また、メモに記録し、兵士の名前を覚えた」というものがある。これはドラマで描かれていた東條の姿にかなり近いのではないかと思った。ウィキペディアには東條の悪評も数多く紹介されており、視野の狭さや器の小ささなどを指摘するものも多い。これは、ドラマの最後に「(総理の?)器にあらず」というような表現があったので、このような評価も一般的にはあったのだろうと思う。 だが全体的には東條は善人として描かれていた。単純素朴で考えはあまり深くはないが、愛国心に厚く天皇を敬愛することは誰にも負けないという人物として描かれていた。単純素朴であったが故に、先の見通しを正しく予想することが出来ず、日本を誤った道に導いた指導者として、その失敗があったというような描かれ方をしていたように感じた。 東條が首相になった経緯は、次のように書かれているウィキペディアの記述の通りにドラマでも描かれていた。 「木戸幸一内府らは、日米衝突を回避しようとする昭和天皇の意向を踏まえ、天皇を敬愛していた東條英機をあえて首相にすえることによって、陸軍の権益を代表する立場を離れさせ、天皇の下命により対米交渉を続けざるを得ないようにしようと考えた。 天皇は木戸の上奏に対し、「虎穴にいらずんば虎児を得ず、だね」と答えたという。木戸は「あの期に陸軍を押えられるとすれば、東條しかいない。宇垣一成の声もあったが、宇垣は私欲が多いうえ陸軍をまとめることなどできない。なにしろ現役でもない。東條は、お上への忠節ではいかなる軍人よりもぬきんでているし、聖意を実行する逸材であることにかわりはなかった。…優諚を実行する内閣であらねばならなかった」と述べている」 この状況を考えると、東條は平和主義者である天皇の意向を、血気にはやる軍隊に伝え、どのように押さえるかということを期待されて首相に任命されたことが分かる。東條がいかに難しい仕事を任されたかということが分かる。このような努力をしたにもかかわらず、結果的には東条内閣の時に日米開戦が決定し、その責任をとるような形で東條はA級戦犯として処刑されてしまう。この状況を考えると、東條の立場にとって、その責任があまりにも重すぎるものではないかとも僕は感じる。むしろ、東條は他に責任あるものの責任を一人で全部背負って、他を免罪するためにA級戦犯の汚名を甘んじて受けた英雄のようにも思えてくる。このドラマの描き方をそのまま受け取ればということを前提にしてだが。 東條を始めとするA級戦犯が処刑されることによって、昭和天皇と日本の一般国民はその罪を免れたという形になったように感じる。A級戦犯は、日本の開戦の罪を背負うには、その立場がかわいそうで不運だというのを感じる。あの当時の日本で、日本人のメンタリティを持っていたら、おそらく誰も彼らと違う決定を提出することなど出来なかっただろう。正に、日米開戦へと追い込まれていってしまったに違いない。 敗戦した以上は、開戦の責任を問われるのは仕方がないが、指導者であるA級戦犯とともに、戦争を望んだ一般国民と、それを煽ったマスメディアの新聞とが、やはり責任を負わなければならない部分があったのではないかと思う。その批判は未だに弱いだろう。その意味ではドラマはそこに踏み込んでいた分だけ、今までとは違うメッセージがあったように思う。A級戦犯を免罪するわけではないが、A級戦犯だけに罪を押しつけているという今の状況を反省する必要はあるのではないかと思う。宮台氏が語るとおりだろう。 また、このドラマの描き方で、昭和天皇を平和主義者だと捉える見方の一端が分かったような気がした。それは、今までは戦争責任を逃れるための言い訳のようなものと僕には映っていたけれども、宮台氏は何度か昭和天皇が平和主義者であり、宮台氏自身は尊敬を抱いていると語っていた。その意味が少し分かったような気がした。 昭和天皇が東條を首相に任命したのは、アメリカとの開戦を避けるためであったという。これは本当のことだろうと思う。また、この時期の内閣は、戦争に対して「不拡大」の方針を持っていた。軍部と国民が戦争を煽る中、内閣だけが主体的に「不拡大」というアンポピュラー(不人気)な方針をとり続けられるというのはかなり無理がある。その不人気に耐えられずに近衛内閣は崩壊してしまったともいわれているからだ。これは、やはり天皇の意志が戦争の「不拡大」であったから、内閣はそのような方針で政治を進めようと思ったのだろう。 昭和天皇は、最後まで平和の道を模索し戦争を避けようとしたのではないかと思える。昭和天皇が平和主義者であるということの意味はそういうことなのではないかと思った。ただ、残念なことに昭和天皇は、自らの意志として平和を求めよという宣言をすることがなかった。それは天皇の地位というものがそのような、直接政治的な発言をすることを許さないものだったから、というのが宮台氏の解釈だったように思う。もし昭和天皇が直接その意志を表明していたら、軍は勝手に戦線を拡大することは出来なかっただろう。だが、それが出来なかったのがあの時代の限界だったのかもしれない。 このドラマは新しい視点を提出していたということでは面白いものだった。その物語(=歴史)が本質を語っているかどうかはまだ分からない。だが、歴史解釈としてはこのようなものもあるだろうとは思った。 日本人的なメンタリティとしては、開戦を論じた軍人や政治家たちの選択は、あれしかなかったという共感を感じるものがある。アメリカとの開戦をしなければ、日本はたち行かないのだという切羽詰まった思いはよく伝わってくる。だが、それを日本人的なメンタリティを離れて冷静に考えると、アメリカのうまい外交政策にしてやられたという、賢さの面での敗北を反省しなければならないのではないかとも感じる。 アメリカが突きつけた要求は、当時の日本にはとても飲めないような厳しいものではあったけれど、だからといって破滅に至る開戦へ突き進むしか道がなかったのかということを反省しなければならないだろう。アメリカは日本が戦争を仕掛ることを望んでいた。それにまんまと乗せられてしまうしか選択肢がないというのは、やはり賢さの点でまずいのではないか。 アメリカは、日本が仕掛けることを望んで、あえて飲めないような要求を提出して挑発したはずだ。日本がそれを飲めないことは百も承知で要求を突きつけている。その挑発に対して、相手の望むとおりに乗ってしまった時点で日本はすでに負けていたのではないか。 今の北朝鮮がアメリカを相手にしている外交を見てみると、北朝鮮がひどい国だということはさておいて、その外交に対しては、アメリカの挑発に乗らずに逆にアメリカを挑発して自らの利益を引き出している結果に対して学ぶ点を探した方がいいのではないかとも感じる。アメリカと北朝鮮を比べれば、当時のアメリカと日本以上に大きな国力の差がある。それにもかかわらず、どうして互角以上の外交交渉が出来るのか。日本の失敗と比べて、北朝鮮の成功を学ぶことは意義の大きいことではないかと思う。 昨日のドラマは、日本の戦争指導者の責任の面と、昭和天皇の平和主義の面と、一般国民と新聞の責任という面で新しい視点を僕は学んだ思いがする。ドラマを芸術として見た場合の評価には様々なものがあり、何か物足りないと感じた人もいたと思うが、新しい視点を提出したという点で、僕はそれをドラマとして受け取るよりも物語としての歴史を提出していると受け取って高く評価したいと思う。それは僕が見ていなかったものを見せてくれたという意味で、僕にとって良い評価だということかもしれない。こんなことは前から知っていたと思う人は、もしかしたらそれほどの評価はしないかもしれないが、それを知らなかった人には良い学びとなっただろうと思う。
by ksyuumei
| 2008-12-25 23:24
| 歴史
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