田母神俊雄氏(防衛省航空幕僚長空将)の論文「日本は侵略国家であったのか」の中の次の「判断」を示す文章として以下のものを考察しよう。
「我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者なのである。」 この文章も、「判断」を示す「で」「ある」という言葉が使われている。この主張においては、「被害者」という言葉をどう解釈するかが問題になる。僕はこの言葉に込められた意味を、「主体的な選択をしたのではない」「そうせざるを得なかった」というニュアンスで受け取る。そうすると、この言葉からは「戦争の結果における日本の責任は大部分は免除される」という結論が導かれるのではないかと思っている。犯罪における「被害者」の位置づけもそのようになっているのではないだろうか。 さて、この結論に至る論理の流れを田母神氏の文章から拾ってこよう。それは次のように並べられるものだと思われる。 1)「日本軍に対し蒋介石国民党は頻繁にテロ行為を繰り返す。」(事実) 2)「邦人に対する大規模な暴行、惨殺事件も繰り返し発生する」(事実) 3)「これは」「とても許容できるものではない。」(主観的判断) (田母神氏は、「現在日本に存在する米軍の横田基地や横須賀基地などに自衛隊が攻撃を仕掛け、米国軍人及びその家族などを暴行、惨殺するようもの」というような比喩による想像で、この事実との類似性を語り、この想像が「許容できない」のであれば、当然1,2で語られている「事実」も「許容できない」だろうと、「主観的判断」の合意を求めている。これが「主観的判断」であると考えたのは、その前提を認めてもなお違う感覚を持つ可能性が論理的にはあるからだ。前提を認めれば、誰もが結論を認めなければならないものだけを「論理的判断」と僕は考える。) 4)「これに対し日本政府は辛抱強く和平を追求するが、その都度蒋介石に裏切られるのである。」(事実) (ここでは、「で」「ある」という言葉が使われているにもかかわらず、これを「判断」ではなく「事実」として受け取った。これは「裏切られるのである」という言葉を、過去の事実を表す「裏切られた」という言い方に変えても、それが正しいかどうかの判断を客観的にすることが出来ると考えたからだ。ここの「で」「ある」は、それが「事実」だという判断を強調する言葉として捉えた。「日本政府は辛抱強く和平を追求する」という言葉に対しては、客観的な「事実」であるかどうかという問題は残るが、これを「判断」として考察すると、「判断」の構造が複雑になるので、とりあえず「事実」として受け取っておく。) 5)「蒋介石はコミンテルンに動かされていた。」(事実) (これは観察による「事実」ではないが、田母神氏が述べているいくつかの「事実」から論理的に帰結されるという意味での「事実」だと解釈した。これは本質的には「判断」と呼ぶべきだろうが、4と同じ理由で、「判断」の構造が複雑になるので、とりあえず「事実」として捉えておく。文章の順番としては逆になるが、次の6によって「コミンテルンの手先」が国民党軍を「動かしていた」という論理的前提から、5の結論が導かれる。これを「事実」から導かれた「事実」だと考える。) 6)「1936 年の第2 次国共合作によりコミンテルンの手先である毛沢東共産党のゲリラが国民党内に多数入り込んでいた。」(事実) 7)「コミンテルンの目的は日本軍と国民党を戦わせ、両者を疲弊させ、最終的に毛沢東共産党に中国大陸を支配させることであった。」(事実) (これは、コミンテルンの目的を記述した文書などがあれば、客観的事実として確立するだろう。今の僕には確かめる情報がないが、とりあえず「事実」だとして受け取っておく。) 8)「我が国は国民党の度重なる挑発に遂に我慢しきれなくなって1937 年2 8 月15 日、日本の近衛文麿内閣は「支那軍の暴戻を膺懲し以って南京政府の反省を促す為、今や断乎たる措置をとる」と言う声明を発表した。」(事実) (この文章の前半部分の「我慢しきれなくなって」というところは、客観的にそうだということを誰もが認めるというものにならないので、田母神氏の主観を表明したものとして受け取った方がいいだろう。しかし、後半部分の「声明を発表した」という部分は、それが実際にあったかどうかを客観的に確かめることが出来るので「事実」に当たると考えていいだろう。これも今の僕は実際に確かめてはいないが、とりあえず「事実」だと受け取っておく。) 以上のような前提から「日本は被害者だ」という判断が導かれてくる、というのが論理的な流れになるだろう。日本がとった道が、「そうせざるを得なかった」という主張になるのは、8の前提にあるように「我慢しきれなくなって」という「主観」の作用が大きい。もし「我慢しきれない」のではなく、むしろ日本の側が中国側(国民党軍やコミンテルン)を挑発して、中国側に「そうせざるを得なかった」ような行為をさせたのであれば、日本は被害者ではなく、主体的な選択をしたことに責任を持つものとなる。 これはなかなか微妙な判断だ。日本が持っていた強大な軍事力や、それを育てた明治以降の日本人の優秀性を考えれば、強大な軍事力の自信を背景に策略を巡らして中国側を挑発したのだと考えたくもなってくる。それが結果的にうまくいかなかったということはあるが、その失敗に対しては、優秀さを示した方が責任を負わなければならないだろう。かつての日本が優れた国であると思いたい心情があると、ここでは田母神氏の主張に反対したくなる。日本は「被害者」ではなく、主体性を持っていたのだが、その考えが不十分で見通しを誤ったのだと理解したい気になってくる。 田母神氏のように「日本が被害者だ」と考えると、テロや挑発はすべてコミンテルンの策略であり、責任はコミンテルンにあることになる。しかしそのように考えることは、コミンテルンの策略に日本も蒋介石の国民党軍も踊らされていたという「判断」を伴わなければならないだろう。この「判断」には、コミンテルンがそれだけ優秀さを持っていたという「判断」も含まれる。 この「判断」にも賛成したい気持ちが僕の中にはある。それは、日本軍というものが、ある時点から全く論理的な判断をしなくなったように見えるからだ。玉砕戦法などは、その後の戦闘に対する戦略が何もなく、きれいに散って気分がすっきりすればいいだけというようにも感じる。宮台氏の言葉で言えば、フィージビリティスタディというものが全くなされていなかったのが日本軍だと言えるだろう。このような戦闘をすれば、結果的にどのような戦果があり、どのような犠牲があるか、ということを冷静に考えるだけの優秀さがなかったように感じる。メンツが守られれば死をもいとわないという感情はあるものの、多くが無駄に死んでいったようにも感じる。 論理的にものを考えない日本軍であれば、何らかの戦略を持っていたコミンテルンに手玉にとられたとしても、それは仕方がないことのようにも見える。そのような意味では、田母神氏が語っているように、戦争の結果が裏目に出たのはコミンテルンの責任が大きく、「日本は被害者だ」という言い方が正しいような感じもする。 ここでの田母神氏の主張は、論理的な流れはあるものの、そこに「主観的判断」が伴っているので、これに対しては論理の前提を認めて賛成するという論理的態度よりも、その主観に共感して、「そう感じる」という気持ちの賛成の態度が生まれるかどうかという現象の方が見られるのではないかと思う。コミンテルンの策略に対して、正義を貫いた日本がどうして悪く言われなければならないんだ、という憤りを感じるならば、気持ちの上での共感が生まれてくるのではないだろうか。 日本軍に正義があり、日本軍の行為は、コミンテルンのテロなどの残虐行為の報復としてあるのだから正当であると思えば、非難されるべきはコミンテルンであり、「日本は被害者だ」ということになるだろう。この主張を受け入れるかは、その心情において共感するかどうかにかかわっているように思う。 僕は、この主張に関しては田母神氏への共感はない。むしろ、日清・日露の戦争における日本軍の戦略の優秀さや、その規律の正しさのすばらしさが、日中戦争においてはどうして失われてしまったのかということの方が気になる。確かに、日本軍は中国側に翻弄されて冷静な判断を失い、その後非難されるような行為をしてしまったように感じる。だが、これは「被害者」だから相手が悪い、と相手に責任を転嫁できるようなものではなく、冷静で論理的な判断を失っていった日本の側に大きな責任があるものだというのが僕の感性だ。「被害者」であることに憤るよりも、優秀さを失っていった失敗の原因を追及することの方が大事だというのが僕の考えだ。 クリント・イーストウッドが撮った映画「硫黄島からの手紙」では、硫黄島での司令官・栗林中将の優秀さが描かれていた。戦いそのものは絶望的な前提で、全滅することが確実であったにもかかわらず、その条件の中では最高の戦果を上げたものとして語られている。太平洋戦争のさなかでも、戦略の優秀さを示す人間はいたのである。 しかし、本来もっと優秀さを示すのであれば、硫黄島で玉砕することを選ぶのではなく、犠牲を最小限にとどめ、その後の反撃につながるような戦略を選ぶべきだっただろう。それが出来なかったというのは、日本軍の優秀性が、どこかで狂ってしまったのだと考えざるを得ない。それがどこなのか、それがなぜなのか、それこそが軍事的な論文で語られなければならないのではないかと思う。 田母神氏の論文でのこの部分は、田母神氏の憤りと心情がよく語られてはいるものの、問題がより本質的なところへ行くようにはなっていないと感じる。気持ちは分かるけれど、それは同じ感情を有する人間にしか共感されないのではないかという気がする。これでは、敵と見なされる相手とは決して建設的な関係を結ぶことが出来ない。敵とは殺し合うだけしかないのだろうか。敵と理解し合うことが、感情の回復にも必要なのではないだろうか。このような発想では、いつまでも憤る感情を引きずりそうな感じがする。 しかし、田母神氏のこのような感情が共感を呼ぶとしたら、それはかつて日本軍が失敗に落ち込んだ構造がまだ日本社会に残っているのではないかという疑いを感じさせるのではないかと思う。コミンテルンの挑発に乗って、「耐え難きを耐えてやってきたのに」という気持ちが爆発したとき、挑発する相手よりもさらにひどいことをしてしまうという結果を導くという失敗を繰り返すのではないか。相手が挑発してきたときにこそ冷静な判断で対処し、相手よりも優れた戦略で対処することが必要なのではないだろうか。そうでなければ失敗が教訓として生かされていないような気がする。 現在の北朝鮮外交を見ていると、北朝鮮の挑発に対して、日本は強い憤りを表明するだけで、冷静な戦略を示すようなことをしていないように見える。相手がひどいやつに見えるときこそ、冷静な戦略を考える、かつての日本の優秀さを取り戻す必要があるのではないだろうか。田母神氏のここでの主張は、心情的には分かるが、上のような理解から僕には賛成することが出来ないし、共感することも出来ない。
by ksyuumei
| 2008-12-13 11:14
| 論理
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