自民党総裁に麻生氏が選ばれて、新聞各紙はそのことについての社説を書いている。出来レースと言われ、総選挙用のパフォーマンスに過ぎないと言われていたこの総裁選だが、予想以上の大差で麻生氏が勝ったことによって、その出来レースぶりとパフォーマンスだけの内容があからさまに分かるようになってしまった感じがする。
そのせいかもしれないが、各紙の社説では「こうあるべき」というべき論と、「こうして欲しい」という願望を語る論調が多かった。この二つは確かに大切な要素ではあるが、主張としてはリスクの少ない平凡な一般論ではないかと思う。「べき論」は、その政策を具体的に語り、民主党との違いを明確にすべきというものが多いが、これは誰が考えても「そうすべき」と言える内容であまり目新しいものはない。願望にしても、べき論で「そうすべき」だということを実現して欲しいという語り方が多い。 誰もがそう考えることを主張するのであれば、そこに間違いが入り込むリスクは少ない。そして、現実がその願望通りにならないときは、そのような主張をした方に間違いがあるのではなく、希望を実現しなかった方が非難される。論説による主張としてこれほど安全なものはないだろう。それに対して、この麻生総裁誕生を評価するという主張になると、その評価は今後の動向によって正しいか間違っているかが判断される。間違った評価をすれば、主張としては批判されるリスクがあるだろう。だが論説をリードする立場の新聞の社説では、あえてこのリスクを冒すべきだろう。そのような評価を語っている部分を社説の中から探し出し、その評価の論理的正当性というものを考えてみたいと思う。 産経新聞の社説には次の記述が見られる。 「一方、小沢代表が争点として投げかけている官僚主導政治打破について、麻生氏の立場は鮮明といえない。総裁選の論戦でも「霞が関をぶっ壊す」と唱える小池百合子氏との議論はかみ合わず、経済政策に比べれば小さな問題と位置付ける姿勢がうかがえた。」 これは、民主党との違いを明確にしているかという点に関して、そう見えないという評価を語っているものと受け取れる。その根拠は、具体的に語っている部分は小池百合子氏との議論について語っているだけだが、「小さな問題」という受け取りは、それをしなくても問題解決が出来るという主張にも受け取れる。そうであるなら、麻生氏が首相になったときには「官僚主導政治打破」は期待できないという評価にもなるのではないかと思う。これは民主党との違いになる争点になるのではないかと思う。民主党がこの問題を解決できるかどうかは、麻生氏がこれを問題として受け止めないこととは直接の関連はないが、問題として想定しないという前提に賛成できるかどうかは自民党政権を選ぶかどうかに大きく関わるのではないかと思う。また、この産経新聞の評価が実際の選挙の際の自民党の主張を正しく言い当てているかが結果から判断できるだろう。もし自民党が政権を取ったときに、官僚機構に関してはやはり自民党は手をつけなかったということになれば、産経新聞のこの主張は当たっていると判断できるだろう。 次のような記述もある種の評価を語っているものと受け取れる。 「麻生氏は「日本経済は全治3年」とし、景気対策を重視する積極財政論者である。構造改革の継続を表明してはいるが、財政出動の必要性を強調し、2011年度の基礎的財政収支黒字化目標まで先送りする意向だ。 これは小泉改革のひずみ是正という域を超え、その対極にあると言ってもよい。かつての古い自民党に戻るのではないかという懸念を拭(ぬぐ)えない。」 これは控えめな言い方ではあるが、麻生氏の経済重視の政策は、改革という面から見ればマイナスではないかという評価を語っているように見える。確かに小泉改革によって日本経済が疲弊し、その問題を是正する必要が生じたのだが、この是正の方向としては麻生氏のやり方は「域を超え」ているという批判がされている。域を超えれば「古い自民党に戻る」という予想もされている。この予想が当たることが懸念されるなら、それに反対の人間は総選挙で自民党を選ぶかどうかという判断にこのことが一つ関わってくるだろう。果たしてこの評価は当たっているかどうか。 経済政策を重視するという姿勢は、結果的にそれ以外を軽視するということを招く。これは論理的結論になるだろう。経済政策を重視して、経済がうまく回れば種々の問題が解決する可能性があるが、もし経済が予想通りにうまく回らないときは、軽視してしまった問題の方が重大な欠陥として露呈する恐れがある。経済重視の方向が結果的に招く改革の軽視(これまでのように利権による無駄を放置していると感じられるような部分)が、国民生活にさらなる苦しみをかぶせないものか、僕も懸念の方を感じる。 次のような記述はどう解釈できるだろうか。 「麻生氏は消費税に対しても、引き上げの必要性は認めても、景気回復後とするだけで時期を明示していない。だから2011年度の黒字化目標を先送りする意向なのだろうが、財政出動による赤字を拡大し続けたらどうなるか。 2011年は団塊世代が年金の本格的受給年齢に達する直前だ。それまでに黒字化しておかないと大増税以外に社会保障制度と財政の持続可能性は確保できまい。市場の信認も決定的に失う。 これで総選挙が戦えるとは思えない。小沢民主党は黒字化目標を先送りする方向で、消費税も据え置くとしている。一方で、高速道路の無料化や子ども手当、農家の戸別所得補償、揮発油税の暫定税率廃止などを打ち出している。 つまり、ばらまき度でははるかに上だ。その財源は特別会計見直しに求める荒唐無稽(むけい)さだが、国債という借金をあてにする麻生自民党も、安易さでは五十歩百歩だから、これを論破できまい。」 この部分は、麻生氏の政策に対する評価というよりも、レトリックとしては民主党のばらまき政策がいかに非現実的な人気取りになっているかということの主張のように見えるが、民主党の言い分が非難できるのと同じように、麻生氏の言っていることも非難できるという評価を語っているとも受け取れる。 これは、論理的には、今すぐに対処しなければならない破綻を、民主党は非現実的な財政政策で、自民党は表面化するのが後になる借金政策で何とか逃れようと宣伝しているという指摘になっている。民主党の場合は、非現実的なやり方なので、政権を取ればすぐにその破綻が表面化するだろう。しかし、自民党の方は借金で当面は乗り切っても、その借金は何年か後にはもっと深刻な破綻として国民に被さってくる。 果たしてどちらの方が国民にとっていいことなのかは難しい問題だろう。破綻することが明らかなら、破綻が出来るだけ早く目に見える形で我々に自覚された方がいいと僕は思う。先送りされて、もうどうにもならなくなってから破綻するようでは、もう手の施しようが無くなる。年金制度に関しては実はもうそのようになっているということを、専門家はかなり感じているのではないだろうか。破綻は、それが避けられないのなら、出来るだけ早く分かった方がいいと思う。この点でも、民主党が問題を解決しないとしても、破綻を明らかにしてくれるというだけでも政権交代をする意味があるのではないかと感じる。 産経新聞の社説では最後に次の言葉で締めくくっている。 「このままでは総選挙は人気取り競争に陥る。国民に安心を与える社会保障制度と税財政改革を正面から議論しないのでは政治の役割は果たせまい。」 これは、レトリックとしては、何か他人事のような語り方なので、あまり評価をしているようには見えないかもしれない。だが、麻生氏率いる自民党では「政治の役割を果たせない」という評価を語っているのだとも受け取れる。 社会保障制度と税財政改革は、今の時点でほとんど破綻が明らかになっているにもかかわらず、それをはっきりと語っていない部分ではないかと思う。それが曖昧になっているのは、それをはっきりと語れば、誰がこの破綻に責任があるかという責任問題が浮上してくるからだろう。責任を回避するためには、破綻は出来るだけ先送りにされ、もはやその原因を作った人間は誰一人としていないのだが、破綻という現実だけが残るということにしておけば、今の時点で責任を問われる人間にとっては安心だ。 日本は今いろいろな問題で曲がり角に来ているだろう。食の安全が脅かされる事件が相次ぎ、信じられないような犯罪の報道も数多い。社会が疲弊し、破綻があちこちで噴出している。食品偽装の問題も、あくどいやり方で儲けることに問題があることは確かだが、そのようなやり方をしてでも儲けを出さなければ生き残れないという論理的必然性がないかどうかも考えなければならないのではないだろうか。もしそのような構造が近代社会にあるのであれば、近代社会そのものが構造改革しなければ、この問題はいつまでも解決されずに我々を脅かすのではないだろうか。 本当に責任ある人間が責任をとるような制度になっていないと、権力のある地位に優秀な人間がつくということが無くなる。エゴによる利権をあさる人間が、国家全体の利益よりも私益を優先させて国の財産を奪っていくのではないかと思う。国民にとっては、こちらの構造改革の方が重要な気がする。経済がうまく回れば種々の問題が解決されるほど、近代社会というのは単純なものではないような気がする。それは宮台氏が語る、近代過渡期の構造なのではないだろうか。もはや近代成熟期に入ったと思われる日本社会は、経済ではなく、根本的な構造改革の方にこそ目を向けなければ、表面に現れている問題は一つも解決しないのではないだろうか。考えれば考えるほど、麻生自民党にはプラスの評価が出来なくなりそうだ。
by ksyuumei
| 2008-09-24 09:28
| 政治
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