論説文の主張というものを形式論理のメガネで見てみようかと思う。論説文というのは、事実を単に記述するだけのものではなく、そこに中心となる主張が発見できる。そして、それが論説であるということは、その主張が論理的に根拠づけられているということでもある。それが本当に根拠づけられているものであるか、形式論理を利用して考えてみようと思う。論説文の代表としては2008年8月25日(月)の朝日新聞の社説(「グルジア紛争―ロシアは全面撤退せよ」)を取り上げてみた。インターネットでは時間がたつと見られなくなってしまうので、これも一応全文引用しておこう。
「黒海沿岸の小国、グルジアに侵攻後そのまま居座っていたロシア軍が撤退を本格化させている。まだ一部の部隊が残っているが、ようやく事態収拾への一歩が踏み出された。 この2週間余りの紛争が残したつめ跡は生々しい。ロシア軍とグルジア軍が戦火を交えた南オセチア自治州の村々では多くの住宅が破壊され、住民に多数の死傷者が出た。 戦火を逃れた避難民は10万人余り。南オセチアを越えて侵攻したロシア軍によって、グルジア領内の鉄道は寸断され、港湾施設は爆破された。 グルジアなどのカフカス地域はロシアと歴史的に縁が深い。だが、今回の軍事行動によって、ロシアへの不信や反発が世界に広がったことをメドベージェフ大統領は忘れてはならない。 ロシア軍の侵攻を非難して、北大西洋条約機構はロシアとの対話のパイプを凍結した。旧ソ連による抑圧を経験したバルト3国やウクライナ、東欧諸国では反ロ感情が燃え上がった。 グルジアの安定にとって懸念されるのは、領内に残るロシア軍の動向だ。 ロシアは「撤退は完了した」としている。だが実際には南オセチア、アブハジア自治共和国の両地域に沿ったグルジア領内に「安全地帯」を設け、「平和維持部隊」の名目でロシア軍を駐留させ続けている。 安全地帯の設立は停戦合意で認められている。だが本来は、紛争の当事者を除いた国際部隊を駐留させるのが筋だ。安全地帯から離れた都市で駐留しているが、これは合意違反だ。 ロシアの影響力が強い南オセチアやアブハジアでは分離独立の動きが続いている。ロシア軍の駐留が長期化すれば、両地域での動きに拍車をかけ、問題を一層こじらせるだろう。 混乱を避けるために、ロシア軍はグルジア領内から部隊を全面的に撤退させなければならない。グルジアの領土の一体性も尊重する必要がある。こうしたことについて国連安保理の協議でロシアは譲歩し、合意を急ぐべきだ。 正常化のために米国や欧州諸国が負っている責任も大きい。 米ブッシュ政権はこの間、ロシア非難のトーンを上げてきた。グルジアの親米派政権の土台が脅かされたことへの反発からだろう。だが、今はかつての冷戦時代ではない。「対テロ戦争」から世界経済の運営や地球温暖化にいたるまで、ロシアの協力が欠かせない問題ばかりである。 欧州諸国が紛争仲介に熱心なのは、米ロ関係の悪化が欧州の安全保障に影響しかねないとの懸念からだ。 領土問題へのロシアの姿勢には無関心ではいられない。日本政府はカフカス地域の安定のため、まず、全面撤退に踏み切るよう、ロシアに働きかけてもらいたい。」 この社説の基本的な主張は表題にあるとおり「グルジア紛争―ロシアは全面撤退せよ」ということだ。つまり、ロシア軍の駐留は正しくないという主張だ。これが論理的に根拠を持った主張であるかどうかを見てみよう。 報道記事と違って社説は長いので、すべての命題を取り出すのは面倒だし、説明がたいへんになる。だから、この主張を正当化する命題の組を社説の文章の中から捜すことにしよう。それは次のようなものと考えられるだろうか。 1 ロシアは「撤退は完了した」としている。 2 だが実際には南オセチア、アブハジア自治共和国の両地域に沿ったグルジア領内に「安全地帯」を設け、「平和維持部隊」の名目でロシア軍を駐留させ続けている。 3 安全地帯の設立は停戦合意で認められている。 4 だが本来は、紛争の当事者を除いた国際部隊を駐留させるのが筋だ。 5 安全地帯から離れた都市で駐留しているが、これは合意違反だ。 6 ロシアの影響力が強い南オセチアやアブハジアでは分離独立の動きが続いている。 7 ロシア軍の駐留が長期化すれば、両地域での動きに拍車をかけ、問題を一層こじらせるだろう 8 混乱を避けるために、ロシア軍はグルジア領内から部隊を全面的に撤退させなければならない。 9 グルジアの領土の一体性も尊重する必要がある。 上の命題群が「ロシア軍の駐留は正しくない」ということの根拠を構成すると思われる。特に8は「撤退させなければならない」という中心の主張の直接の表現になっている。1の命題ではロシアの言い分としては「撤退した」ことになっているが、それは実質的に撤退したことになっていないので、ここに矛盾があるという指摘になっている。つまり、ロシアがいっていることは嘘だという主張になるだろう。だから、この嘘を本当にするために「撤退しなければならない」ということになり、「ロシア軍の駐留は正しくない」という結論になる。 それでは、「撤退した」ということが嘘だという根拠の方はどうなっているだろうか。これは「「平和維持部隊」の名目でロシア軍を駐留させ続けている」という事実から、そこに軍隊がいるのだから「撤退していない」のだという指摘になる。これは、実体としての軍隊という存在がそこにいるかいないかで「撤退」の判断をするのであれば、この指摘は正しくなるだろう。その判断基準があくまでも、物理的にそこにいるかどうかに置いているならばだ。 だが、この前提が必ずしもそうでないなら、この論理は弱くなる。「平和維持部隊」は、「ここで非難されている駐留している軍隊」ではないという解釈をすれば、ロシア軍は「撤退した」ことにもなってしまうからだ。その解釈を許す余地は3の命題にある。「安全地帯の設立は停戦合意で認められている」のだ。だから、この命題からの帰結で、「平和維持部隊」の駐留が認められるとするロシアの主張が全く間違えているとは言えなくなってしまう。 これに対して、4の命題では、そのような「平和維持部隊」は「紛争の当事者を除いた国際部隊を駐留させるのが筋だ」という反論をしている。この反論は「筋だ」という主張に微妙なニュアンスがある。そうでなければならないという主張にはなっていない。論理的な強制力に弱さを感じる。 紛争当事者は利害に大きな関係を持っている。当然のことながら自分の利益のために行動する「平和維持部隊」を置きたくなるだろう。だからこそ「当事者を除いた国際部隊」でなければならないという論理展開になる。これは論理的に考えればそうなるだろうと思うから、「筋だ」ということではなく「そうでなければならない」という強い主張でかまわないと思う。しかし、紛争当事者がロシアのように強大な国家である場合、そのような強い言い方をしてもそれに従うことはあまり考えられない。むしろロシアの自覚を促すような「筋だ」というような言い方をしてしまうようになるのだろう。 これは、アメリカがアフガニスタンやイラクでやったような行動も同じようなものではないかというふうにも見える。アメリカはこれらの一連の紛争に関して利害当事者であり、自らの利益のために紛争当事者であるにもかかわらず、未だに両国では最も強大な軍隊を駐留させている。これは、アメリカがいなければもっとひどい状況になるという懸念もあるのでさほどの非難はないが、状況としては同じようなものだろう。 グルジアの場合は、ロシアが撤退してもイラクやアフガニスタンほど混乱はしない。むしろロシアが撤退すれば、利害において反対の勢力はこれを歓迎するだろう。ロシアを非難する国にそのような事情がないかも考慮に入れてその非難を解釈すべきだろうと思う。ロシアが戦争を起こしたのはけしからんということで、それを非難する勢力を、その前提を考慮することなくナイーブに支持するのは論理的にはいくつかの前提を忘れた判断になっている可能性がある。 これはロシアを擁護する意味で他の可能性も捜すべきだといっているのではない。上の理由からロシアを非難することに一理あることは論理的にも正当で納得できるものだと思う。だが、それだけで止まるのではなく、もっと深く広くこの現象を捉えるべきではないかという気がしているだけだ。 この社説の主張は、一般論がつながっているだけで、日本の国家の独自の利害に絡んだ主張は全くない。だが、一般論的な主張というのは、立場を変えればそこに特殊な事情が入る例外的な判断が入り込む余地をいつも残す。ロシアの立場で主張を考えれば、この一般論はそのままでは通用しなくなる。 一般論が絶対的な正しさを獲得するのは、数学のような理論的な世界を構築できる場合だけだ。現実には特殊な事情を考慮に入れた立場からする主張を押し出すことになるだろう。この場合も、日本の国家として国益に資する方向がどのような方向なのかというのをもっと前面に押し立てた思考が必要なのではないかと思う。6や7に地域紛争が深刻化する懸念を語っているが、この懸念こそが日本の国益に関係する方向ではないかと思う。 日本が平和を願うのは、日本が人間性にあふれたいい国だからではなく、日本のように貿易立国を国是としている国は、平和が維持されなければ国益が減ってしまうからだろうと思う。平和を願うのは、人間性故ではなく、国益計算の観点からそうあるべきなのだと思う。個人的な感情の問題であれば、人間性やヒューマニズムといった観点から平和を願うのも正しいだろうが、国家の行動はもっと冷静に計算されたものでなければならないのではないかと思う。 この社説は、一般論としては一応ロシアに対する非難や、「撤退すべき」という主張に論理的な根拠を持たせることが出来ているように思う。しかし、その前提にしている事柄は、特殊な事情を捨象して一般論的に語っているので、特殊な事情を持ち出されて反論されたら弱い主張になるだろう。 このように具体的な問題では、一般論として他人事のように語るよりも、日本としてはいったいどうするのかというのを、日本の独自の利害から発する主張をした方がいいのではないかと思う。日本人が日本の利益のために行動するのは、これはある意味で当然ではないかと思う。日本には利益にならないけれど世界の利益になるから日本は我慢しましょうという発想はたいていは間違っているのではないかと思う。 何が国益になるかをもっと主張の中に入れるべきだと思うのだが、そうするとアメリカに対しても何か言わなければならない事態になりそうな気もする。アメリカの行動は、アメリカの国益のために日本の国益を損なっているようなところがありそうに思うからだ。朝日新聞の社説は、論説文としてその主張の一般論であるところは理解できるが、何か物足りないところを感じる。論理の世界である論理空間としては、命題の数がやや少なく、現実を単純化しているようにも感じる。分かりやすいのだが、もっと複雑化しなければ現実世界のモデルとしては現実をよく反映しているものにはなっていないのではないかと感じた。
by ksyuumei
| 2008-08-27 09:36
| 論理
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