野矢さんの解答がない課題問題を考えてみよう。まずは次の問題だ。
問4 次の文章をより論理的に明確になるように接続関係を明示して書き直せ。 「日本工業規格(JIS)の定義に従えば、「誤差」とは「測定値から真の値を引いた値」とされるが、真の値が不明だからこそが(原文のママ)、測定値を求めるのであり、測定値を求めたからといって誤差が求められるわけではなく、この定義はこのままではまったく役に立たない。」 まずは全体の論理構造を求めるために、それを部分的な命題に分解して番号をつけておこう。 1 日本工業規格(JIS)の定義に従えば、「誤差」とは「測定値から真の値を引いた値」である。 2 真の値が不明だからこそ「が」(この「が」は誤植ではないかと思われる)、測定値を求めるのである。 3 測定値を求めたからといって誤差が求められるわけではない。 4 この定義はこのままではまったく役に立たない。 全体の論理構造としては、その中心的な主張、すなわち主題は「誤差」の定義についてだと考えられる。問題提起としては、その定義に疑問を提出していて、「この定義で「誤差」が求められるのか?」ということを質問している。そして、その答は「この定義はこのままではまったく役に立たない」というものだ。 1と2の間は「が」という言葉でつながれている。これが転換を示す「しかし」の意味で使われているのか、付加を示す「そして」の意味で使われているのかを考えたい。1では「誤差」の辞書的な意味での定義が語られている。それを忠実に適用して現実に「誤差」を求めようとすると、困ったことが起こる。その計算をするための「真の値」というものが元々分からないからだ。1の定義の疑問点が2で語られていると考えられる。 ここでは、論理的な展開をもっと細かく親切に行おうと思えば、「しかし、真の値というものが果たしてあるのだろうか?」というような疑問を1と2の間に提出しておく方がいいのではないかと考えられる。2の表現の中には、このように1の否定が含まれているものと、文脈の上からは考えられる。1の否定が含まれているなら、この接続関係は「しかし」がふさわしいのではないかと思う。 なお2の中に登場する「が」という助詞のようなものは、それに意味があると受け取ると表現がおかしくなるように思われるので、誤植ではないかと思う。この「が」はいらないだろう。 2と3の関係は、違う話題を付け加えているものと思われる。2では「真の値」への疑問を提出して、3では、それがないのであるから,定義のままでは「誤差」が計算できないだろうという,定義へのもう一つの疑問を付け加えているように解釈できる。 2と3の間に、「真の値というものが元々ないものだったら」というような文章を入れると、この文章に対しては、「だから」誤差が計算できないだろうというような、3の文章の根拠となる形になる。だが、問題の文章は、このような細かい展開を挿入してはいないので、2と3の関係は、違う話題を提出する付加だと考えていいのではないだろうか。 この2と3で語られている疑問は、それが定義への否定的評価につながる疑問になるので、これが根拠となって、4の主張である,定義が「役に立たない」という結論が導かれていると考えられる。つまり、4は「だから」という言葉で2と3から帰結されるものだという構造になっているのではないかと考えられる。これの解答をまとめてみると、次のようになるだろうか。 <日本工業規格(JIS)の定義に従えば、「誤差」とは「測定値から真の値を引いた値」とされる。「しかし」真の値が不明だからこそ、測定値を求めるのである。「さらに言えば」測定値を求めたからといって誤差が求められるわけではない。「だから」この定義はこのままではまったく役に立たない。> この問題文の主張を、もっと細かく丁寧に表現しようとすれば、ここで自明のものとされて隠れている根拠の関係を書き出すことになるだろう。そのときは、問題文のように、一つの文章としてつなげて表現するのではなく、その根拠の関係を段落に分けて表現した方がわかりやすいのではないかと思う。 中心的な主張としての根拠関係は,最後の「だから」に込められているが、その過程でもう一つの「だから」が入り込むようなことがあれば、その「だから」は段落を変えてまとめておいた方が論理構造がより明確に表現できるのではないかと思う。書き換えると次のようになるだろうか。 <日本工業規格(JIS)の定義に従えば、「誤差」とは「測定値から真の値を引いた値」とされる。「しかし」<真の値というものがそもそもあるのだろうか?>「むしろ」真の値が不明だからこそ、測定値を求めるのである。 「さらに言えば」<元々、真の値などというものは人間が捉えることができないのではないだろうか?><もし、それが原理的に捉えられないものだったら>「それゆえ」測定値を求めたからといって誤差が求められるわけではない。 「だから」この定義はこのままではまったく役に立たない。> 問題とは関係ないが、ここで主張されている「誤差」の問題を論理的に解決するにはどうするか、ということを考えるのはおもしろい応用問題ではないかと感じる。僕が考えた解答は、「誤差」の定義を、客観的に存在する対象の性質として捉えるのではなく、測定者の主観的な問題として定義する方がいいのではないかと思う。 もし、真の値というものが,対象の属性として確認され,それが分かるものであれば、測定値と真の値とで引き算をして「誤差」が計算できることになるだろう。問題文が語る定義はまさにそういうものになっている。それは、「真の値」というものが、測定する前に知られているということが前提となっていなければ計算できないという論理関係になっている。 これは、実践的にはナンセンスだろう。測定する前に「真の値」が知られていれば、それは測定する必要なんかないからだ。測定する前から「真の値」が分かっているわけではない。もっと原理的なことをいえば、「真の値」は決して知られることのない対象であるとも言える。つまり、この定義では「誤差」は永遠に計算できないものとなる。 だがわれわれは誤差を計算に入れて実践することができる。それは、「誤差」というものを、われわれの測定精度の限界として捉えているからだ。たとえば1ミリメートルまでの目盛りがついている物差しでものを測ったとき、見間違いさえなければ、1ミリメートルの範囲での測定値はかなり高い精度で測ることができる。しかし、1ミリメートルより小さい範囲で測定値を求めれば、それは0.1なのか0.2なのかの決定は難しくなる。それはどちらとも言えるものになり、これがまさに「誤差」として認識される。つまり、1ミリメートルの範囲での精度しかない測定では、「誤差」は1ミリメートルになるだろうと考えられるのだ。 この「誤差」は真の値から計算される誤差ではなく、われわれの物差しの目盛りの精度から導かれるものだ。これは主体の条件に左右される誤差であり、一定の規格として提出するのは難しいかもしれない。あえてそのような形にするならば、どのくらい小さい目盛りがついた測定器で測るかということを規格にするしかないだろう。 それに対して、「真の値」で定義された「誤差」は、その真の値がどれであるかは分からなくても、とりあえず真の値がどの辺りにあるかということが分かれば、そのぼんやりとした測定値の位置から、どのくらい離れているかという許容範囲として受け取ることで、現実の計算はできなくても実践的には使える定義になるだろう。現実には、JISの定義はそのような使われ方をしているのではないだろうか。 JISの定義は、ベタに書かれたままに固定的に解釈すれば、その定義はおかしいということになるだろう。だが、様々な文脈を考慮に入れて、その定義を現実に合わせて解釈し直すことによって、何とか実践的にはそれが使えるようになるのではないかと思う。それは、解釈においては臨機応変に現実に合わせ、表現においては、曖昧さを排除して固定的にしておかなければならないという条件から、そのような扱いと表現がされるようになっているのではないかと思う。 「誤差」の定義だけではなく、他の社会的な規格や規範に関しても、この「誤差」で考察したような論理的側面があるのではないかと思う。それはベタに言葉のままに受け取るとおかしく感じられ、実践的には柔軟に解釈しなければいけないというようなものだ。そういうものを探してみるのも、また一つの論理トレーニングになるのではないかと思う。
by ksyuumei
| 2008-03-06 10:07
| 論理
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