論理トレーニングの次の例題は以下のものである。
例題3 次の文章を読んで、問に答えよ。 1 考えてみると、私たちの翻訳語というのは、ずいぶん奇妙な言葉である。 2 その翻訳語自体の意味は、むしろ乏しいことが多い。しかし、 3 それ自体に意味が乏しいからこそ、どんな異質な原語にも対応できる。 4 その対置された原語の持つ意味が、その意味とされるのである。たとえば、 5 society を「社会」と置き換える。 6 「社会」という言葉は、もともと society の翻訳用に作られた言葉である。 7 「社」や「会」は漢字であり、漢字の熟語としても「社会」という言葉はないわけではない。しかし、 8 「社」や「会」の意味から「社会」の意味を考えても無駄である。 9 「社会」の意味はもっぱら sociey にかかっている。 10 「社会」は、society とまったく意味が一致する言葉である、と普通は考えられている。 しかし、 11 それは、日本人の一大発明であった。 12 明治の始め、圧倒的に優越したヨーロッパ文明に直面したとき、私たちの先人たちは、先進文明の言葉をそのままの形で飲み込んでしまわずに、何とか日本語の形に変えて受け止めようとした。 13 その結果、中国渡来の言葉を利用し、しかも、 14 変質させ、もう一つ別の言葉の層を造りだしていったのである。 問 上の文章に関する次の文章の空欄(a)~(g)に、適当な語句ないし文番号を入れよ。 文章全体から二つの主張(a)と(b)を取り出し、全体を、主張a及びそれに対する解説ないし根拠の部分と、主張b及びそれに対する解説ないし根拠の部分として捉えたい。そのとき、主張aに対する(c)になっているのは(d)の部分であり、主張bに対する(e)になっているのは(f)の部分である。そして、主張aと主張bの接続関係は(g)である。 この問題は、野矢さんが語る次の指摘を元にして考察する。 「議論の基本は、必要に応じて解説や根拠を伴った主張を、付加か転換の形でつなげていくこと、ここにある。」 問題の文章がいくつの主張から構成されているかがまず捉えられなければならない。そして、その主張がどのような接続関係になっているかで論理の構造が決まってくる。そのつなぎ方は、「+」の「付加」か、「しかし」の「転換」になる。 問題の文章では、10と11の間の「しかし」は、段落の変更を伴う「しかし」になっている。つまり、ここで主張が大きく転換していると考えられる。「しかし」の前では、翻訳語の「乏しさ」が語られている。普通「乏しい」などという形容詞を使うと、それは何か劣っているようなマイナスの評価をしているように感じる。 ところが「しかし」のあとでは、この「乏しさ」こそが一大発明であり、高く評価できることであることが語られている。それは、外国の文明をそのまま鵜呑みにするのではなく、日本語として自らの中に消化するような形で取り入れる工夫をしていると考えられるからだ。そうしなければ、おそらく日本の独自性は、進んだ西洋文明の中に取り込まれて消えてしまっただろう。文化の存続のためには、これが偉大な発明だったと評価できるわけだ。 これは説得力のある主張であり、この例文もトレーニングにふさわしい論理的に優れた文章だと思う。野矢さんは、この解答として(a)には1の主張「奇妙な言葉である」ということを、(b)には11の主張「一大発明であった」というものを入れている。この問題文の主張の骨格だけを取り出すと、「翻訳語というのは奇妙な言葉である。しかし、それは日本人の一大発明だったのだ」と野矢さんは書いている。 この解答はそれなりに納得のいくものだが、一つだけ引っかかるとしたら、「奇妙な言葉」ということの内容として述べられている意味の「乏しさ」というものが、この主張に当たることはないだろうかということだ。「奇妙だ」ということの内容は「乏しい」ということなのだが、なぜ「乏しい」ということが主張にならずに、「奇妙だ」ということが主張として取り上げられているかということを考えたい。 1の主張が先に述べられ、それに続いて2の「乏しい」ということが語られるというのは、論理構造全体の流れから、主題としての主張が何であるかということで言えば、先に述べられたものが全体の主張になるのではないかと考えられる。ここで接続詞として「むしろ」が使われているのも、その構造を反映しているのではないかと考えられる。 「奇妙な言葉である」ということは、「普通の言葉ではない」という主張でもある。そして、普通の言葉であれば、その言葉は豊富な意味を持っていると思われるのだが、「むしろ」意味が「乏しい」ということの中に「奇妙さ」がうかがわれるのだという論理の流れになっているのではないだろうか。「奇妙だ」という主張の展開として意味が「乏しい」ということが語られているので、中心的な主張は「奇妙だ」ということの方だと判断できるのではないだろうか。 もし「乏しい」という主張の方を主題として展開したいなら、この主張を先に述べて、「奇妙だ」ということは、その「乏しい」ということからの帰結として、「だから奇妙だ」という論理の流れになるのではないだろうか。 「奇妙だ」という主張を先に出しているのは、それは論理的な判断というよりも感覚的な判断になるので、そのような感覚を持った人に対しては、論理のきっかけとしての共感が得やすいからではないかとも思う。「奇妙だ」という感覚を持っている人は、その感覚が意味の「乏しさ」から来るのだと説明されることに説得力を感じるのではないだろうか。 逆に「乏しい」ということをまず言おうとすると、どうして「乏しい」のかというのは、論理的に説明しなければならないことになる。感覚では説得できないものになる。「乏しい」ということに関して、ある種のデータを提出して、例示などをした後に「乏しい」という判断を提出しなければ説得力がなくなる。 「奇妙だ」ということが最初に提出されて、それに同意するなら、意味の「乏しさ」にも共感を感じる。だから、例として「社会」という具体的な言葉が一つだけしかあげられていなくても、多くの翻訳語が、意味としては「乏しい」のだなということに同意したくなる。なぜなら、任意に翻訳語を思い浮かべたとき、その翻訳語の意味としてはその元になった外来語の意味しか浮かんでこないからだ。 「奇妙だ」という主張が、問題の文章の主題として提出されているのは、そう読み取れるような文章構成になっているからだが、それは表現技術として、より説得力を持たせられるようなものにもなっているのではないかと思う。やはり論理的に優れた文章なのではないかと思う。 この説得力は、後半の主張の説得力にもつながっている。最近は、翻訳語はほとんどカタカナになってしまっているので、意味の乏しさだけが表面化してしまっている。だからこそ、特に先人たちの翻訳語表現の工夫に説得力を感じる。カタカナ表現だけでは、その元の意味を本当に知らなければ、まるで見当がつかなくなる。まったくイメージがわいてこなくなる。 日本語の表現の中に、翻訳語の意味を制限して取り入れた場合、それが日本語であることによってある種のぼんやりとした漠然ではあるけれども何らかのイメージが得られる。この曖昧さは、概念の間違った受け取りに流れる危険はあるものの、その概念をまったく知らない人々にとっては、何らかのとっかかりにはなる。もし、このとっかかりさえなくて、まったく新しい概念を、完全に外国語として受け取らなければならなくなったら、理解のきっかけを失うのではないだろうか。 「社会」という概念が初めて日本に登場したとき、多くの日本人はその概念理解が困難だっただろう。まったく新しい対象だと思うからだ。いまでも「社会」という対象を完全に理解している人は少ないかもしれない。しかし、「社会を守る」とか「社会に貢献する」とかいう言葉を聞いたとき、まったく頭に何も浮かばないのではなく、どのようなことをするとこの言葉にふさわしいかというイメージが浮かぶなら、そこに完全な正しさがなくとも、そこに国民の多くが共通理解として最大公約数的なものを持つならば、この概念は役に立つのではないかと思う。 「社会」という概念を専門的に扱うなら、 sociey という元の外国語の意味を完全に知らなければならないが、専門家ではない大多数の日本人にとっては、これが生活の中で支障なく捉えられる範囲の言葉として理解されればいいのではないかと思う。大衆の誰もが知っているという言葉にするためには、 sociey という言葉のままではうまくいかないのではないかと思う。これを「社会」という日本語にしたことによって、多くの日本人が、この言葉が生まれてくる背景を自分たちで作り出せなくても何とか一定の理解ができるようになったのではないかと思う。先進的な西洋文明を追いかけていた日本にとっては、この工夫は、その追いつきに役立ったのではないかと思う。 明治維新という革命の時代において、この発明は、問題の文章が主張するように「日本人の一大発明であった」ということに同意できるのではないかと思う。 例題のその他の解答は次のようになっている。これは、全体の論理構造をつかめば、その解答にすべて納得できるのではないかと思う。 (c)解説 (d)2~10 (e)解説 (f)12~14 (g)転換(「しかし」でつながれている)
by ksyuumei
| 2008-03-02 11:05
| 論理
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