宮台真司氏が『バックラッシュ!』(双風社)で語っている、バックラッシュ現象の分析の論理を細かくたどってみたいと思う。宮台氏の論理というのは、その膨大な知識と論理能力の高さから、必ずしも自明に分かるような論理の展開をしてくれていない。現状認識や判断というものが、確かにそのような流れなら納得がいくという風にうまく心に落ちるまでが難しい。
ある種の論理の飛躍に感じるところに、細かい橋を架けて、論理の流れが納得出来るように構築し直してみようと思う。まずは現在のバックラッシュ現象に対する次の判断を考えてみようと思う。 「再帰性という概念を知らない人々が--とりわけ後述するような不安な層が--立場を問わず騒いでいるだけの話ですね。」 この現状認識は、何となく同じように感じるところもある。しかし、「感じ」ではなく論理的な帰結としてこのことを納得したいものだと思う。それを考えてみたい。 この本はタイトルにもあるように、バックラッシュ現象を扱っているのだが、とりわけ「ジェンダーフリー」に対するバックラッシュを取り上げてそれを分析している。それは、「ジェンダーフリー」というものに対する基本的な理解の間違いから、的はずれの感情的な攻撃をして、「ジェンダーフリー」が提出している改革の面を否定し、古い考えに引き戻そうとするところに「バックラッシュ(反動・揺り戻し)」と呼ばれる理由がある。 宮台氏によれば、「ジェンダーフリー」は「ジェンダーレス(社会的性別の消去)」ではないということを確認するところから論理が出発する。「ジェンダーフリー」の本質は「再帰性」という言葉で語られるのだが、これを知らないことから、「ジェンダーフリー」を「ジェンダーレス」と勘違いする間違いが出てくる。 それでは「再帰性」とはどういうものかというと、それは「選択前提が選択対象になる」という言葉で語られていた。「再帰性」という言葉は、ニュアンス的には自分自身に帰って来るという感じがする言葉だ。「選択前提」というのは、普通はあまり意識しない。何を選ぶかという選択については考えるが、何が選べるかという「選択前提」は、自明のものとして受け止めているように感じる。 自分自身の存在条件としてある種の「選択前提」があるのを、それを意識的に捉えて、自分自身の根本に帰ってその前提をも捉え返すと言うことが「再帰性」で語られる内容になるだろうか。選択対象になっていなかった前提を、あえて選択対象にするところに「再帰性」の特徴があると言えるだろうか。 性差というものはふつう生物的に運命づけられているものとして、選択不可能なものと考えられている。つまり「選択前提」として捉えられている。しかし、それをよく考えてみると、必ずしも運命的に決められている部分ばかりではなく、社会的に後天的に決められる部分もあることに気づく。 今までは「選択前提」として与えられていた性差について、それは選び直すことも出来る、選択可能なものとして選択対象にすることが「ジェンダーフリー」という言葉で表現されるものになるのではないか。決まっていたことという観念から「自由」になるという意味で「フリー」なのではないだろうか。 このように考えると、「ジェンダーフリー」というのは、もう一度よく考え直せという主張にも感じる。それを宮台氏は、「社会的性別に関わる再帰性の自覚」という言葉で語っている。今まで考えていなかった部分に注目して考え直すことが「ジェンダーフリー」の意味であるなら、「「ジェンダーフリーだから、ああしろ、こうしろ」という直接的メッセージは本来出てきません」という宮台氏の言葉も論理的なつながりがよく分かるものになる。 「再帰性」の自覚によって、選択前提を今一度選択肢として捉え直すことが「ジェンダーフリー」であれば、「ジェンダーフリー」によって「ジェンダーレス」が押し進められていると言うことは全くの勘違いということになる。これはどちらの側にも勘違いが生じる可能性がある。 「ジェンダーフリー」を推進しようとする側が、「ジェンダーフリー」を理由にある行動の正当性を主張しようとすれば、それは「ジェンダーフリー」概念の間違いということになるだろう。「ジェンダーフリー」は、あくまでも選択前提をもう一度考えろと言うことなのだから、その選択前提を変えろと言う主張は、「ジェンダーフリー」から出てくるのではなく、何らかの別の論理的に整合性のある理由で主張されなければならない。 もしこのような「ジェンダーフリー」の間違いから主張されている言説を見て、それが「ジェンダーフリー」の間違いだと非難するなら、これもまた「ジェンダーフリー」という言葉の概念に対する無理解だということが出来る。批判するなら、「ジェンダーフリー」だけからは何の結論も出てこないと言うことを批判しなければならないのであって、何らかの結論を出すことを「ジェンダーフリー」の責任として押しつけてはならないと言うことになる。 男女混合の出席簿の問題も、「ジェンダーフリー」からそれの実践の主張が出てきたと判断すると間違える。「ジェンダーフリー」の主張は、今まで疑いもなく行われてきた男女別の出席簿に対して、それが男女別であるべきだと言うことは選択前提ではなく、男女別であるかどうかも選択の対象になるということではないかと思う。 これが選択の対象になるということは、どのような合理的な理由でどちらを選ぶかを考えると言うことを意味する。男女別に合理的な理由がないのなら、男女混合にして不都合があるかどうかを見るという実験にも意味があるだろう。また、何らかの理由で、どちらかが合理的だという根拠を見つけることが出来れば、その根拠の正しさを考えることになるだろう。 それは、あくまでも選択の対象になるということに過ぎないので、男女混合にすべきだというような結論は出てこない。また、今まで男女混合だったのだから今後もそうすべきというような理由だけでは単なる「バックラッシュ」になってしまうだろう。 今まで選択前提にならなかったものを選択前提にして新たに考えるという方向が、改革の道を与えるという点で評価すべきもので、その点で「ジェンダーフリー」を評価していれば、それは少しも恐れるものではなくなるだろう。 だが「再帰性」を理解せず、今まで自明だと思った「選択前提」に疑問を提出しただけで、それが否定されたように感じてしまうメンタリティでは不安が生じてしまうだろう。それは否定しているのではなく、疑問を提出しているだけなのだと正しく受け止めなければならない。 しかし自明だと思っていることの自明性は論理的に説明が出来ないのがふつうだ。「1+1」が2になるということが自明だと思っている人は、なぜ2になるか説明してくれと言われても困るだろう。もし、本当に2になるのかと聞かれたら、「それでは2にならないというのか」と感情的に反応したくなるかも知れない。 この場合の「選択前提」はどういうものになるだろうか。それは10進法の構造というものが自明の前提として存在しているのではないかと思われる。その前提そのものを選択対象にすれば、2進法の数字というものも考えてみることになる。そうすると「1+1=10」という計算が正しいものになる。選択前提が変われば結論も変わってくるのである。 現実の性差というものも、ある種の「選択前提」の元に、それが整合性を持つものと考えられているものが多いだろう。それが自明に整合性を持つものと考えるのではなく、その「選択前提」の下だからこそ整合性があるのだと考えるのが「再帰性」の自覚というものなのだろう。違う「選択前提」の下なら、どのようなものが整合性を持ちうるのか。それに注目させるのが「ジェンダーフリー」だと考えられる。 「ジェンダーフリー」に対するバックラッシュ現象という、具体例に対する分析は、上のように考えると論理的にも理解出来そうな感じがする。「再帰性」の理解さえ出来れば騒ぐ必要のないものだと理解出来そうだ。結論を見てあわてるのではなく、何が「選択前提」に選ばれているかをよく見て、その「選択前提」の下で必ずそのような結論が出せるものかを考えれば騒ぐ必要はなくなるだろう。 結論として自分と反対の主張をしていようとも、その「選択前提」の下での結論が、論理的に正しいものであるなら、その正しさは受け入れなければならない。論理としての正しさに反対することは出来ないからだ。もし反対するのなら、その「選択前提」は受け入れられないと言うことで反対するしかないだろうと思う。「選択前提」が選択対象になるということは、その「選択前提」を選択することには必然性はないと思われるからだ。 さて、具体的な「ジェンダーフリー」に対するバックラッシュ現象の理解は上のようなものでいいだろうと思う。今度は、これをもう少し抽象的・一般的にした主張 「不安こそはすべてのバックラッシュ現象の背後にあるものです。」 ということの論理的整合性を考えてみようと思う。具体例の考察はイメージしやすいが、一般論の展開は抽象の過程を理解することが難しい。抽象の基礎にある事柄の理解から始めたいと思う。ここからはかなり難しくなりそうだが、項を改めて努力してみたいと思う。
by ksyuumei
| 2006-08-15 22:06
| 宮台真司
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