報道されたニュースで、「事実」を考える対象として興味深いニュースを二つ見つけた。一つは「堀江メール」と呼ばれるようなもので概要は「<衆院予算委>堀江被告、武部氏二男に3千万振り込むメール」というニュースに語られている。
これは、民主党が指摘する「事実」と、それを否定する自民党が語る「事実」とがまったく正反対の対立をしているところに特徴がある。視点を変えれば、どちらにも解釈出来るという解釈の問題ではない。どちらか一方の主張が正しければ、もう一方は否定されるという形式論理的な関係にある。 民主党の主張「堀江氏が武部氏の次男に3000万円を提供した」 自民党の主張「民主党が語るような事実はない」 民主党の事実の指摘と、それを否定する自民党の主張とは、果たしてどちらが本当(真理)のことなのだろうか。その指摘が事実なのか、それとも否定が事実なのか。それは論理的に判断出来るだろうか。 マスコミの報道では、自民党の否定を知らせるものが多いようだが、これをちょっと論理的に検討してみよう。まずは 「自民党の武部勤幹事長は16日、国会内で記者団に「(自民党の)予算委の理事が私の息子と連絡を取ったが、そういう事実は全くない。」 (「<武部幹事長>「そういう事実は全くない」堀江メール問題」) これは、当事者がそう語っているだけで、これが本当かどうかはまったく証拠がない。だから、これだけでは自民党の主張が正しいという判断は出来ない。疑いは残る。また次のような報道はちょっと注目に値する。 「衆院予算委員会で、ライブドア前社長堀江貴文被告(33)が自民党武部勤幹事長の二男に現金を振り込むよう社内に指示したメールがあると指摘された問題について、東京地検の伊藤鉄男次席検事は16日、「メールの存在及び指摘された事実関係について、当庁では全く把握していない」とのコメントを出した。」 (「<武部幹事長>「「全く把握していない」=自民・武部氏二男への送金指示-東京地検」) このニュースは、自民党の主張を補強するような感じも受ける。しかし、この報道は少々おかしい感じもする。東京地検は、今堀江氏を容疑者として取り調べている段階であり、そのメールに関しては捜査内容なのだから、それを語ると言うことはどうもおかしい感じがする。なぜ、今この段階でこのようなコメントが出されるのだろうか。把握していたとしてもノーコメントで通すのが本筋ではないのだろうか。わざわざ「把握していない」と語ることに何かうさんくささを感じる。 また「小泉純一郎首相は16日夜、「がせネタをもとに委員会で取り上げるのはおかしい」と疑惑を全面否定した」(「小泉首相「がせネタ」と全面否定=民主を批判も一部に動揺-自民」)とも報道されている。しかし「ガセネタ」であるという確かな証拠を挙げることは出来なかったようだ。逆に、民主党の言うことが本当なら、確かな証拠を出せという主張が自民党にはあるようだ。 この論理は一見正しいようだが僕には詭弁のようにも聞こえる。自民党は、否定するに足りる確かな証拠は何も出していないにもかかわらず、相手が100%確かな証拠が出せないからと言って、これを全面的に否定しようとかかっている。これは論理的におかしい。自民党が、否定するに足りる100%確かな証拠を提出出来たときに、それは全面的に否定出来るのである。 相手に確かな証拠が無いという不備を突くだけなら、疑わしくはあっても100%黒ではないのだと勝手な言い分を言っているにすぎない。疑わしいと言うことは、自民党の主張だけでは認めざるを得ないと言うのが論理的には正しい判断だろう。その疑わしさが、何%になるかは民主党が提出する証拠の確実さに依存していると言うだけのことだ。 僕は、民主党が指摘する疑わしさを信じるに足る論理的根拠は十分あるように感じている。民主党は権力をまだ持っていない勢力だ。その民主党が「ガセネタ」で訴えたとしたら、それが嘘であることがばれたときのダメージは計り知れないことになる。権力を持っていれば、何とかごまかすだけの細工も出来るだろうが、権力を持たない側にはそれは出来ない。 だから、かなりの信憑性がなければそれを提出することは出来ない、と論理的には考えられる。それが間違いであるという可能性はあっても、嘘を提出したという可能性は僕は少ないと思う。ただ、権力を持たない側が確かな証拠だと言うことを証明することも難しいので、これは疑いを提出するという段階からどこまで進めるかは微妙な問題だろう。権力を持っていれば、堀江氏のメールを押さえることなど簡単に出来るだろうが、捜査権を持っていなければ、内部情報の提供者からそれを入手するしかない。 この内部情報提供者が誰かというのは興味のあることだが、民主党が間違えているとしたら、この提供者が間違えているという可能性がもっとも考えられるものになるだろう。世間が、あくまでも民主党の側が確かな証拠を提出すべきだという世論に流れたら、おそらく自民党は逃げ切ってしまうだろう。99%黒であっても、1%の不明なところがあったら逃げられてしまうと言うことになりかねない。 潔白を証明するのはあくまでも自民党の側の責任であるということになれば、これは事情が違ってくるだろう。銀行口座を調べたけれどそんなことはなかったと、ただ語らせるだけではなく、本当に銀行口座が白であることを証拠を持って主張しなければならなくなるだろう。 身の潔白を証明するために、そこまでプライバシーを公表しなければならないのは人権侵害ではないかという議論もあるかも知れない。疑われただけでそんなことをしなければならなくなったら、誰もプライバシーを守ることが出来なくなる。しかし、プライバシーの概念は、政治家と一般の人間では違うのだという認識を持てば、これはプライバシーの侵害ではないと主張することも出来る。 政治家は、疑いをもたれただけで罪なのであると認識しなければならないだろう。政治家というのはそれだけ厳しい倫理を要求されるものなのだ。だが、かつて、政治家に倫理を要求するのは八百屋で魚を求めるものだと揶揄されたように、世論が政治家を見る目が甘い日本では、このまま自民党が逃げ切る可能性が高い。 自民党は、何一つ事実を否定してはいない。相手が100%事実を証明出来ていないということを主張しているだけだ。これは、強大な国家権力と一市民との関係であれば、このような主張が許される。強大な国家権力は、その権力を使ってすべての事実を100%明らかに出来てから個人である一市民を糾弾しなければならない。 しかし、政治家の場合は、逆に権力を使って事実を隠蔽することが出来るので、疑われたら、その疑いを晴らすのは政治家自身がやらなければならないと思う。この問題の事実は、このように見るべきではないかと僕は思う。堀江氏が、接見した弁護士に、自分は出していないなどと言うことを証言したからと言って、それが証拠になるとは考えられない。そのようなニュースが無批判に垂れ流されるのは、やはりマスコミのジャーナリズム精神のなさだろうと思う。 もう一つの注目のニュースは、「送迎の2園児刺殺 「朝、凶行決めた」 同級生の母逮捕 滋賀」だ。これは事実としてはわかりやすい、悲惨ではあるが難しいところは何もない。何があったかということで意見が対立する人はいないだろう。ましてや、それがあったのか、なかったのかなどという対立は起こりえない。 しかし、この事実は、その意味を解釈することがとても難しい事実だ。堀江氏のメールに関することは、それが事実であっても「ガセネタ」であっても、どちらであってもそれが出てきた理由というのはわかりやすい。おそらく誰もが同じように解釈出来るだろう。しかし、この事件に関しては、事実としてはわかりやすくても、その解釈は人によって大きく違ってくるだろうと思う。 被害者の親に自分を重ねる人は、凶悪な犯罪としてこの事件を解釈するだろう。犯人が中国から嫁いできた女性であったことに目を留める人は、日本語が不自由で日々の生活に不安を抱いていたことを、この事件の解釈の要素として重く見るだろう。日本社会の暗部というものを視野に入れるかも知れない。 この事件は、報道された事実だけではその解釈がまったく分からない。最初の事件は、事実はまったく分からなくても、その解釈だけは論理的にいくらでも出来る。事実性というのは不思議なものだと思う。
by ksyuumei
| 2006-02-18 12:37
| 社会
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