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言葉の定義と法則性――数学的公理と定理の関係との類似性

萱野稔人さんの『権力の読み方』(青土社)という本は、読み方によっては法則性をたくさん読み取ることが出来る、法則性の宝庫のような本だ。だが、この法則性をよく見てみると、それは法則性を利用してある言葉の定義をしているようにも見える。この法則性を語っていると思える文章を、ある言葉の定義と考えると、その法則性は実は論理法則としてのトートロジー(同語反復)を語っていると解釈することも出来る。

萱野さんは、話の出発点として「権力」の概念について語っている。これは、「権力」というものを論じようとしたとき、その意味(概念)が違っていたら、論理的な帰結が違ってしまうので、それをまずはっきりさせようということだ。萱野さんは、ハンナ・アーレントを引いて「権力を手に入れる」ということを「一定数の人たちから、彼らに代わって決定したり行為したりする機能を与えられるということである」と語っている。

これは、「権力」の概念として、多数を代表する行為が出来る源泉というもので捉えていることになるだろう。これは「権力」の概念を語るという受け取り方をすると、「権力」という言葉の定義をしていると解釈できる。しかし、その定義を支える・定義の正当性を保証するものとしての、ある法則性を語っているとも解釈できる。

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by ksyuumei | 2007-09-04 09:37 | 論理

商品の価値に関する法則

マルクスは、『資本論』冒頭の部分で商品の価値(=交換価値)を分析している。そこには

  1クォーターの小麦=aツェントネルの鉄

という等式が書かれている。これは、板倉聖宣さんが語っていた等号(イコール)の弁証法性で解釈すると分かりやすい。等号というのは、形式論理で言うところの同値律(A=A)を表すのではなく、違うものであるが、ある視点からは同じとみなすことができるという<A=B>を表すものとして受け取るのが正しい。

違うものが同じだという弁証法性を理解することが等号の正しい理解になる。マルクスの等式では、使用価値としてはまったく違う、物質的存在としては違うものである小麦と鉄が、その価値の量(大きさ)においてイコールになるということを表している。ここで同じとみなされているものをマルクスは「価値」と呼んでいるといってもいいだろう。

ここで語られている法則性は、価格という形で現象が観察される商品に対し、「同じ価格の商品は同じ「価値(=交換価値)」を持っている」と言い表せるだろうか。それは、物質としては違うが、価値という尺度では同じものとみなすことができるという法則性になる。

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by ksyuumei | 2007-09-02 22:54 | 論理

法則的認識とアルゴリズム

数学的な法則の一つにアルゴリズムと呼ばれるものがある。これは計算手順が定まっていると考えられるもので、その手順で計算を進めればある種の数学の問題の解答が自動的に得られるというものになっている。その手順が固定して定まっているという点で、これはその手順が法則として理解されていると考えることが出来る。

代表的なものは筆算のアルゴリズムで、これは初等教育で誰もが習うものだ。筆算の仕組みというのは、どれほど数の桁が大きくなろうと、一桁の数の加減乗除を繰り返すことで、どんなに大きな桁の数の計算も出来るというところにある。繰り上がりや繰り下がりを一つの法則として捉えることが出来るだろう。

また少数や分数の計算では、小数点の位置を決定するアルゴリズムがあり、分数の場合は通分や約分のアルゴリズムがある。これらのアルゴリズムがもう少し発達すると、方程式の解法のアルゴリズムへとつながったりする。そして、関数の分野へ行けば、1次関数のグラフを書くためのアルゴリズムがあったり、2点間を通る直線や曲線の式を求めるアルゴリズムがある。これは、その式を方程式だと思って考えれば方程式のアルゴリズムと同じになる。

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by ksyuumei | 2007-09-01 13:11 | 論理