<   2006年 08月 ( 27 )   > この月の画像一覧

田中康夫長野県知事に対するバックラッシュ

宮台真司氏の『バックラッシュ!』におけるインタビューでの考察を見ていたら、先の長野県知事選で敗れた田中知事に対しても同じような構造があったのではないかと連想させるような部分があった。それは、バックラッシュ現象というのは、論理的に考えてみれば全く的はずれの攻撃であり、それが間違いであることを指摘するのは易しいのだが、大衆的な動員という点ではむしろ理不尽な攻撃の方が勝つということだ。

このあたりの実感は、インターネットで炎上してしまうようなブログを見たりするとき、攻撃する側の方が理不尽で間違っているのに、正当な主張をしている方が動員では負けるというようなものを見て、そのような現象が確かに起こるのだなと感じるところがある。

長野県においても、論理的な主張としては田中知事の方が正当性を持っていることはほとんど明らかであるように第三者からは見える。直接の利害関係がない第三者から見れば、論理的な正しさはすぐに分かるが、当事者にはそれがわかりにくいというのは理解出来る。だが、わかりにくくても全くそれが見えないということはないだろう。少しはそれが見えてくるはずなのに、動員においては論理的に間違っている方が勝つという、このバックラッシュ現象は教訓として記憶にとどめておかなければならないのではないかと思う。

More
[PR]
by ksyuumei | 2006-08-23 13:39 | 雑文

靖国問題の原点

神保哲生・宮台真司両氏がやっている<マル激トーク・オン・デマンド>では素晴らしいゲストを招いていることが多いが、これをきっかけにしてリスペクトの対象になるような人にたびたび出会うのを感じている。先日も東京理科大教授の三土修平さんをここで見て、その語り口の誠実さと論理展開の見事さに魅了された。

三土さんは専門は経済学なのだが宗教的な問題にも深く関わったことがあり、宗教的な観点からの切り口で『靖国問題の原点』(日本評論社)という本を書いている。この話はとても面白く、錯綜して難しさを感じていた靖国問題が、その原点をしっかり抑えると、何が一番の問題だったのかというのがよく分かる感じがした。

「特集:靖国問題を考える(その3止) 座談会 終わらない戦後、象徴」という記事には、三土さんの主張が一部載せられているので、それを参考にして、「靖国問題の原点」というものを考えてみようと思う。三土さんは、その記事で「宗教で存続するのが自然/追悼の意味、再考せよ」と主張している。

More
[PR]
by ksyuumei | 2006-08-23 10:06 | 雑文

教育者としてのリスペクトを感じる内田樹さん

もう一人、僕が強いリスペクト(尊敬)を感じる学者に内田樹さんがいる。内田さんに感じるリスペクト感は、宮台氏と仲正さんに感じるものとはちょっと違う。宮台・仲正両氏については、あくまでも学者としての面にリスペクトを感じるのだが、内田さんには教育者としての面にもリスペクトを感じている。

宮台・仲正両氏の文章は、読者に対する敷居がやや高いのを感じる。普通の言葉ではなく専門用語で多く語られているのが原因かも知れない。理解するのに困難を感じる場合がしばしばだ。しかし、両者に対するリスペクト感から、何とか努力しようと言うモチベーションも生まれてくる。それがなかったらすぐに放り出してしまうかも知れないような難解さをもっている。

内田さんは、この二人と違って、読者に優しい書き方をするというイメージが僕にはある。内田さんとの最初の出会いが『寝ながら学べる構造主義』という新書だったことが原因しているかも知れないが、この本は、僕にとっては「構造主義」というものが初めて分かったと思わせてくれた本だった。

More
[PR]
by ksyuumei | 2006-08-22 21:44 | 内田樹

仲正さんの北田暁大氏批判 2

僕は宮台真司氏を一流の学者としてリスペクトしているが、同じようにリスペクトの対象にしている人に仲正昌樹さんがいる。個人的な好みとしては、仲正さんの方に親近感を感じる。

宮台氏は、あまりにも正統派のヒーロー過ぎて、その欠点や弱点が見つからず、ある意味では雲の上の存在のようにも感じてしまう。それに比べると、やや不器用さを感じる仲正さんは、その欠点や弱点ゆえに心情的な共感も感じる。宮台氏に関しては、あくまでも客観的な判断による、その能力の凄さに感嘆したリスペクト感だったが、仲正さんの場合は、心情的にも何か贔屓を感じるようなリスペクト感を持っている。

その仲正さんの北田氏批判を客観的・論理的に理解するのはなかなか難しい面があるのを感じるが、特に批判の一面に絞って論理的な整合性を考えてみようと思う。批判の一面というのは、<大したことでもないことを大げさに捉えている、それは的はずれだ>というものだ。仲正さんの言葉で言えば「「どうでもいいおしゃべりしてますね」ですむ話」と語られている。この判断が正しいかどうかを考えてみたい。

More
[PR]
by ksyuumei | 2006-08-22 12:39 | 雑文

数学における文章理解

数学の本の読み方は、他の分野の本の読み方と違う、かなり特殊性を感じるところがある。数学というのは、その内容においては誰が考えても同じ結論に達するものとして考えられる。つまり内容的な個性はないと言える。個性があるとしたら、その書き方と言うことにある。どのように対象に近づいていくかという方法の違いがあるだけのように感じる。

僕は学生の頃数学を勉強するときは、その入門書を片っ端から探してきて、その冒頭の部分を次々と読んでいった。だいたい50冊くらいに目を通すことが多かっただろうか。その中で、対象へのアプローチの仕方がぴったりと自分の理解力に合うものが見つかると、その入門書を徹底して読むという勉強の仕方をしていた。

内容的にはどれを読んでも同じだから、表現として自分の個性にぴったり合うものを見つけることが大事なことだった。やがてはそれは記号論理学的な表現に出来るものが自分の個性に合うものになり、普通の日本語で記述されているものを記号論理の表現に翻訳しながら読むようになった。その翻訳がやりやすい書き方になっているものが自分の好みに合うものになっていったと言えるだろうか。

More
[PR]
by ksyuumei | 2006-08-22 10:03 | 雑文

宮台真司氏の論理展開 5

宮台氏が語る『バックラッシュ!』での次の命題を考えてみよう。それは、


「丸山がインテリの頂点だったために亜インテリの反発を買った。」


という命題だ。丸山というのは丸山真男のことであり、個人名が語られた命題ではあるが、これは「一流の学者」の代表として選ばれている個人名であり、命題を一般化すれば次のようになるだろう。


<インテリの頂点にいる「一流の学者」は「亜インテリ」の攻撃を受ける。>


命題関数の形にすれば


<xは一流の学者である> →(ならば) <xは亜インテリの攻撃を受ける>


という仮言命題になるだろうか。このxに「丸山真男」を代入すれば宮台氏が提出した命題になり、これは正しい、真の値をとる命題だという主張になる。このxに任意の対象が入っても真になるなら、この命題は一つの科学的法則になる。論理構造をたどってそう結論出来るかどうかを考えてみたい。

More
[PR]
by ksyuumei | 2006-08-21 09:32 | 宮台真司

宮台真司氏の論理展開 4

宮台氏は『バックラッシュ!』(双風社)冒頭のインタビューの中でいくつかの命題としての言明を語っている。その命題の論理的根拠をたどってみようと思う。まずは次の命題から考える。


「権威主義者には弱者が多い。」


この命題には何となく正しさを感じる。権威主義者というのは、何か世間で権威あるものと認められているものを持ち出してきて、それを根拠に正当性を主張する人々を指す。つまり、その定義からは、自らの力で正当性を主張出来ないと言うようなニュアンスを感じる人々だ。そのように自らの力の弱さを持つ人々を「弱者」と呼ぶのは、言葉の使い方としては正しさを感じるものだ。

この場合、一般論としての論理的な根拠としては、「権威主義者」という集合をまず考える。次に、この「権威主義者」の集合の要素を、「弱者」とそうでないものに分けていく。そうすると結果として「弱者」の方が多くなると言うものが得られれば、この命題の正しさが確認出来ると言うことになるだろう。

More
[PR]
by ksyuumei | 2006-08-19 12:17 | 宮台真司

宮台真司氏の論理展開 3

宮台真司氏が語る


「不安こそはすべてのバックラッシュ現象の背後にあるものです。」


という判断が、いかにしてもたらされるかという論理の流れをたどってみたいと思う。これは直感的にはそうだと思うものである。バックラッシュ現象というものが、そもそも正当な批判活動に当たるものではなく、的はずれのバッシング(攻撃)に過ぎないものだと受け止めれば、それが冷静に行われる可能性が薄いというのはすぐに分かる。つまり何らかの不安があるだろうということも予想するのは難しくない。

だが、これを直感ではなく論理的な帰結として構築するのはなかなか難しいのではないかと思う。物が上から下に落ちるという現象はすぐに分かる。しかし、落下運動がどういうメカニズムで起こるのかという論理的な解明は、ガリレオやニュートンという天才の出現を待たなければならなかった。現象をそのまま記述するのは易しいが、それを理論化するのは難しい。

More
[PR]
by ksyuumei | 2006-08-16 13:39 | 宮台真司

宮台真司氏の論理展開 2

宮台真司氏が『バックラッシュ!』(双風社)で語っている、バックラッシュ現象の分析の論理を細かくたどってみたいと思う。宮台氏の論理というのは、その膨大な知識と論理能力の高さから、必ずしも自明に分かるような論理の展開をしてくれていない。現状認識や判断というものが、確かにそのような流れなら納得がいくという風にうまく心に落ちるまでが難しい。

ある種の論理の飛躍に感じるところに、細かい橋を架けて、論理の流れが納得出来るように構築し直してみようと思う。まずは現在のバックラッシュ現象に対する次の判断を考えてみようと思う。


「再帰性という概念を知らない人々が--とりわけ後述するような不安な層が--立場を問わず騒いでいるだけの話ですね。」


この現状認識は、何となく同じように感じるところもある。しかし、「感じ」ではなく論理的な帰結としてこのことを納得したいものだと思う。それを考えてみたい。

More
[PR]
by ksyuumei | 2006-08-15 22:06 | 宮台真司

宮台真司氏の論理展開

先週のマル激だっただろうか、宮台真司氏が、福田康夫氏の総裁選出馬辞退についてこんなことを語っていた。

・現段階では安倍氏に勝つ確率は低いし、勝ったとしても僅差の勝利になる。
・負ければ実績に傷が付くことになる。
・勝ったとしても僅差での勝ちなら、安倍氏に代表されるようなポピュリズム政治が生き残ることになる。
・安倍氏には小泉さんほどのカリスマ性はないので、総裁になった後の実績は作れず人気は落ちる。
・安倍氏は、小泉路線で人気を保ってきたので、大幅な路線転換は出来ず、小泉さんの政策を継承していく。
・小泉さんの政策はそろそろほころびが出てきたところで、格差拡大などの面がこれからいっぺんに吹き出し、その負の面が明らかになってくる。
・安倍氏は、これらの問題に対処しきれず、早晩失敗を犯すようになる。

このような論理の展開を前提にすれば、今無理をして総裁戦に出るよりも、安倍氏が失敗した後に、人々の期待をすべて背負って出る方が有利であると判断出来る。その時を待つために、今回はあえて出馬を見送ったのではないかということだ。

More
[PR]
by ksyuumei | 2006-08-14 10:18 | 宮台真司