<   2006年 03月 ( 45 )   > この月の画像一覧

「堀江メール問題」と「魔女狩り裁判」との論理構造の類似と相違

kissuiさんという方から「非論理的な主張」というエントリーにコメントをもらった。それは、武部氏が「疑惑がない」ことを証明するのは、魔女裁判において魔女の疑惑をかけられた人がその「疑惑がない」ことを証明するのと同じではないかということだった。

これは「疑惑がない」と言うことを証明したいということで共通点があるように見えるので、そこにだけ注目していると両者の違いが分からなくなる。しかし、そのあたりはこのエントリーにコメントしてくれたたまりさんの比喩で明快に語られていたと僕は感じていた。つまり論理的には、この問題は決着したと思っていた。

しかし、どうもまだ気分的な問題がすっきりしないようだ。これは、論理の構造ではなく、言葉にこだわってしまう人が陥る論理的な誤りだと思われる。内田さんのブログなどでも、時々たくさんの批判が寄せられるのも、論理の構造ではなく、内田さんが語る結論に含まれている過激な言葉に反応しているのが多いように僕は感じる。内田さんは、極めて明快でわかりやすい論理を語っているにもかかわらず、その結論が普通の常識とは違うものを提出したりするので、その結論を受け入れられない気分から、論理構造を理解するのではなく、言葉に反発を感じてしまうのだろうと思う。

More
[PR]
by ksyuumei | 2006-03-05 10:22 | 政治

論理トレーニング6 逆接の論理

野矢さんは、逆接の論理を、接続詞とともに次の4つに分類する。

1 転換  A-転B :「が」「しかし」
2 制限  A-制B :「ただし」

3 譲歩 譲A-転B :「たしかに」…「しかし」
           「もちろん」…「しかし」

4 対比  A-比B :「一方」「他方」「それに対して」
  対比図       --A「対比のポイント」
    「対比の主題」-|
             --B「対比のポイント」

「転換」と「制限」は合わせて理解した方が分かりやすい。AとBの主張のどちらに重点がおかれているかで、「転換」と「制限」の区別がつくからだ。

More
[PR]
by ksyuumei | 2006-03-04 13:22 | 論理

非論理的な主張

「民主「メールは事実無根」 自民、謝罪受け入れ」というニュースの中に次のような文章がある。


「民主党が二回目の回答書でメールや資金提供疑惑を全面的に「事実無根」と認めたためで、半月以上におよんだメール問題は決着した。」


この文章の「メールや資金提供疑惑」という言葉の中の「や」という言葉は、形式論理的な選言命題と同じ意味だと考えられる。論理的な言葉で言えば「または」という接続詞だ。だから、上の文章を論理的に理解するとすれば、

More
[PR]
by ksyuumei | 2006-03-04 11:02 | 政治

実無限と可能無限

野矢茂樹さんの『無限論の教室』(講談社現代新書)では、実無限と可能無限が中心的な話題となっている。野矢さんの分身のようなタジマ先生は、実無限に懐疑的で、無限の概念としては可能無限だけを認めるべきだと主張している。

実無限というのは、無限の対象の全体性を把握して、無限が実際に存在しているとする立場だ。可能無限というのは、無限を把握出来るのは、限りがないということを確認する操作が存在していることだけで、無限全体というのは認識出来ないとする立場だ。

実無限を認めないという立場は、それなりに納得出来るものだ。無限という言葉で呼んではいても、その細部にわたってそれが分かっていないとき、それを果たして「無限」という言葉で呼んでいいものかどうかに疑問を持つというのは正当な疑問のように思える。よく分かっていないものに対して「無限」という判断をするのは、単に名前を付けているだけのような気もする。

More
[PR]
by ksyuumei | 2006-03-03 09:38 | 論理

論理トレーニング5 順接の論理;練習問題1の続き

問4
(1)分裂病で幻覚といえば、眼前に見える幻視は少なく、大部分を占めるのは幻聴であり、
  (a)[それゆえ/しかも]
(2)聞こえてくるのはメロディーや雑音の類ではなく、人間の声であり言葉である。
  (b)[従って/そして]
(3)こうした聴覚空間を舞台として進行する分裂病的世界は、優れて言語的描写に適しているように見える。
  (c)[それゆえ/例えば]
(4)自らも分裂病的心性を持っていたカフカの作品は「孤独の三部作」をはじめとしてその好例となるものが多い。
  (d)[つまり/それゆえ]、
(5)そこでは極めて硬質な文体ながら、不明瞭なもの、無限定なもの、不安定なものという分裂病的世界が漂い、くまなく浸透しているのである。


まずはそれぞれの主題を簡単にまとめてみよう。
(1)分裂病の幻覚は大部分が幻聴だ。
(2)その幻聴は人間の声だ。
(3)人間の声は言語描写に適している。
(4)カフカの文学作品にその例が見られる。
(5)カフカの言語描写には分裂病的な特徴が深く見られる。

More
[PR]
by ksyuumei | 2006-03-01 10:44 | 論理