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改憲論議におけるグランドデザイン

昨年の締めくくりに配信されたマル激トーク・オン・デマンドでは神保哲生氏が、石破茂元防衛庁長官と語った改憲論議の評価をしていた。その時に語っていたのは、改憲を論じる際の、国家をどういうものにしたいのかという、基本的な方向を考えるグランドデザインがどういうものであるかということだった。

石破氏のグランドデザインは、「アメリカの信頼に足るパートナーとしての国家」という国の姿だった。このグランドデザインから来る帰結は、アメリカと共に活動出来ることや、その活動が有意義なものになるように、法整備という観点から改憲をすることになる。自衛軍の明記や、集団的自衛権の明記は、この方向での改憲と言うことになるのだろう。

神保氏は、このグランドデザインに関しては、他国の状況に寄りかかるような面が強く、グランドデザインとしては弱いのではないかという評価をしていた。僕もそう思う。結果的にアメリカの要求に沿うような形になることは、現実的にあり得るだろうが、それが目的になるのではなく、あくまでも日本としての主体的な判断から、ある状況ではそうすることが国益にかなうという判断でやられるのでなければならないだろう。どのような状況であろうとも、アメリカの期待に添うという形で「信頼に足るパートナー」になることがグランドデザインだというのでは、神保氏が語るように、アメリカの51番目の州になってしまった方がいいだろう。アメリカの憲法の方が、ずっと優れた憲法なのだから。

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by ksyuumei | 2006-01-23 09:50 | 政治

映画「僕はラジオ」を見た

みらいさんの日記で「僕はラジオ」というエントリーを読んだ、ちょうどその日に、ケーブルテレビのスターチャンネルでこの映画を放映していた。もし、この日記を読まなければ、そのタイトルだけからでは、この映画を見ようと言う気にならなかったかも知れない。縁とかタイミングとかは面白いものだなと思う。

一言で感想を言えば、とても素晴らしいストーリーの映画だったということだ。映画のついての情報は、「Sony Pictures 僕はラジオ」というところで見ることが出来る。ストーリーを引用しておくと、

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by ksyuumei | 2006-01-21 13:30 | 映画

静止の表現としての形式論理(数学)

形式論理は静止を表現するものであり、運動を表現することが出来ない、と語ったのは仮説実験授業の提唱者の板倉聖宣さんだっただろうか。この言葉を聞いたとき、僕は、目から鱗が落ちるという感じがしたものだった。ゼノンのパラドックスを解釈する鍵があるように感じたからだった。

形式論理がなぜ静止を表現するものであるかというと、それは、存在するものの存在する時点を表現することしかできないからだ。もし、運動を表現するとしても、時間のずれた時点を表現することしかできない。ある時点と、それから時間が経過した別の時点を表現して、その間に違いがあるから、結果的に運動をしたと結論するだけで、運動そのものを表現したわけではないのが形式論理の表現だ。

これは映画のフィルムによく似た表現だ。映画のフィルムは、ある時点の存在を静止として焼き付けている。フィルムだけを見てもそこに動きを見ることは出来ない。つまり運動の表現とはなっていないのだ。しかし、フィルムをつなげて時間の経過と共にそれを連続して見ていくと、我々にはそれが動いているように見える。それは、我々に動くように見えるだけであって、フィルムそのもの表現としては決して動きを表現しているのではない。

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by ksyuumei | 2006-01-20 09:30 | 論理

都市型保守の豊かなイメージを読む

「携帯電話の社会学的機能分析?コミュニケーション変容の社会的意味(連載第三回)」という文章を、宮台氏が「トラックバックへの返答」の中で


「なお好機会ですので、読者の方々に『NANA』における(初期の)ハチのような女性(の成れの果てとしての主婦)がどんな男性政治家に惹かれるかを考えていただくのがよいでしょう。都市型保守についての豊かなイメージが得られるでしょう。
 この件についてはhttp://www.miyadai.com/index.php?itemid=281の「携帯電話の社会学的機能分析?コミュニケーション変容の社会的意味(連載第三回)」をお読み下さい([続きを読む]も忘れずに)。回答が明示してございます。」


と書いたように女性の都市型保守の豊かなイメージを得るために読んでみようと思う。上記の文章は、表題にあるように、本来は携帯電話について分析したものだと思われるが、その分析の過程で都市型保守について言及している部分があると思われる。その部分を、都市型保守のイメージを作るという観点で読解してみようと思う。これは、宮台氏が「明示」と書いているが、必ずしもすぐに分かるほど明らかではないと僕は思う。解釈としてはほぼ一つに決まるだろうと言うことで「明示」と語っているのではないかと思う。その一つの解釈を求めてみたい。

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by ksyuumei | 2006-01-19 09:47 | 宮台真司