カテゴリ:戦争・軍事( 3 )

タダ乗り平和主義

今週配信されているマル激では、テロ特措法との関連で国防問題あるいは安全保障の問題が議論されている。そのときに宮台氏が語っていたのが「タダ乗り平和主義」というものだ。これは「タダ乗り」という言葉に、「払うべきコストを払わない」というニュアンスが込められている。

これは、宮台氏が「祝 安倍晋三内閣終焉に寄せて」というブログエントリーで書いている「教条主義左翼」という言葉といっしょにして理解すると分かりやすいのではないかと思う。「払うべきコストを払わない」という姿勢は倫理的には間違ったものなのだが、その間違いに気づかないメンタリティというのは、「教条主義」というものがそれに気づくことを邪魔するからだろう。

また、「教条主義」がなぜ生まれてくるかという過程を考えると、それは「法則性」の認識の仕方と深くかかわっているのを感じる。武谷さんが指摘するように、現象論が不十分なまま本質論にまで突っ走ってしまうと、認識が形而上学的になり、一つのドグマにとらわれる「教条主義」につながるのではないかと思う。これは自らの経験が現象論のすべてになり、他の経験があるにもかかわらず、そこには目が行かないということから現象論が不十分な状態が生まれるからではないかと思う。

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by ksyuumei | 2007-09-28 10:03 | 戦争・軍事

資本主義にとって戦争は不可避なものか

以前どこかで、資本主義は永遠の発展を運命付けられているというようなことを聞いた記憶がある。語っていたのは宮台真司氏だっただろうか、小室直樹氏だっただろうか。現在の日本は低成長時代になっているが、資本主義というのは、安定成長という現象はありえないというような話だったと思う。すべての人が豊かになって、その豊かさが維持できるということはなく、豊かであってこれ以上もう物はいらないという状態でも、なお大量生産・大量消費によって資本主義は発展させなければ、安定そのものも失われていくというような論理展開だったように思う。

資本主義は、大量生産によってそのコストを下げて、物を安くすることで大量に消費することを可能にし、大量消費によって儲けを大きくすることで発展してきた。豊かさを実現するということでは、社会主義は資本主義にはまったくかなわなかった。社会主義は、計画経済によって必要量を生産しようとしたのだが、社会にとっては必要量というのは予測することが難しいもので、しかも、需要はある種の刺激によって高めることが出来る。

資本主義は、需要を高める手法によって大量消費の方向を打ち出し、それによって儲かる部分にさらに投資をして、コストを下げることを可能にし、さらに儲けることが出来るようになる。しかし、この循環は永遠に回ることは考えられない。大量に生産されたものが市場に行き渡る状態がやがてはくるからだ。

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by ksyuumei | 2007-05-25 09:38 | 戦争・軍事

日本の軍隊と軍人に対する評価について

クリント・イーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」は、僕はまだ見ていないのだが、それを見た多くの人は映画の主人公とも呼べる栗林忠道という軍人に大きな魅力を感じたのではないかと思う。その人間性の豊かさと頭脳の優秀さには感嘆するばかりの感じを受ける。まさに尊敬に値する人物と言えるのではないだろうか。

僕は、映画ではなく、小室直樹氏の『硫黄島 栗林忠道大将の教訓』(WAC)という本で詳しく知った。そして、知れば知るほど、この人物の魅力を強く感じるようになった。これは僕にとってかなり衝撃的なことだった。僕は、日本の軍隊というのは腐敗している組織であって、優秀な人間が指導的立場につくことが出来なかったがゆえに多くの過ちを犯したのだというイメージを持っていたからだった。

硫黄島の戦いで指揮をとった栗林中将(この戦いの時点ではまだ中将だったと思う)は、おそらく日本の軍隊史上で最も優れた指揮官だったのではないかと僕は感じる。そして、軍人として優れていたというだけではなく、その他の分野の人間と比べても、その合理性・先見性・視野の広さ・人間的な懐の広さなど、どれを取っても最高の人物のように感じる。この最高の人物とも思える人間が、戦闘の最高指導者だったというのが僕には驚きだった。

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by ksyuumei | 2007-05-19 14:12 | 戦争・軍事