2008年 10月 13日 ( 1 )

「私は証明可能ではない」という命題

野矢茂樹さんは、『論理学』(東京大学出版会)という本の中で、ゲーデルの証明の核心となるアイデアを次のように書いている。


・「私は証明不可能だ」を表現する式を自然数論の中で表現する。


「私は証明不可能だ」、すなわち「私は証明可能ではない」という否定命題は、自然数論が対象にする命題ではない。自然数論は、自然数の間に成立する数学的関係を表現するもので、自然数に対する言明になっていなければならない。だから、この日本語表現のままでは、それは自然数について何か語ったことにはなっていない。この日本語表現が、ある種の数式を解釈したときに、そう解釈できるような数式を表現するということがゲーデルのアイデアの核心であると語っているのだろう。

この日本語表現をどのようにして自然数論の中に埋め込むかというのは、数理論理学を少し勉強しなければ判らないが、それは一応ゲーデルがやってくれているし、それがほとんどの数学者に認められているということは、そこには間違いがないという保証になる。というようなことを信じて、それが出来ているという前提で、この命題自身は、日本語表現としてそのまま意味を受け取って、言葉の意味を基礎にして、この命題がどのような論理の展開を見せてくれるかを考えてみようと思う。日常言語の意味の理解の範囲内で、この命題がどのような意義・意味を持っているかを考察してみたい。果たしてうまくいくだろうか。

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by ksyuumei | 2008-10-13 16:53 | 論理