2008年 10月 10日 ( 1 )

数学的理解と数学論的理解

『不完全性定理』(林晋・八杉満利子:著、岩波文庫)の「まえがき」の冒頭に「ほとんど予備知識のない人が、入門書だけを読んで不完全性定理の数学的内容を理解することは不可能である」との宣言のような断定がある。そして「この定理を数学的にも理解したいならば、まず数理論理学を理解しなければならない」という言葉が続いている。これは全くその通りだと思う。

しかし、多くの人がそのエッセンスだけでも伝えようと努力をしている。そしてその初歩の論理学の入門のために多くのページを費やして説明しようとする『ゲーデル、エッシャー、バッハ』というような本がかつてベストセラーになっていたりする。この定理はそれだけ魅力あるものであり、人を惹きつけるものなのだろう。

数学的内容を理解することを「数学的理解」と名付けると、もう一つの理解として「数学論的理解」というようなものが考えられると、前掲の岩波文庫では語られている。これは、「数学的理解」というものが、それが認められた理論であるならば、ほぼ一致した見解で「正しい」と判断されるものと捉えられている。そして、その内容はさておいて、とりあえず「正しい」と判断しておいて、その上で数学全体にとってその理論がどのような意味を持っているかという、哲学的な考察をすることを「数学論的理解」と呼んでいるようだ。

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by ksyuumei | 2008-10-10 10:36 | 誤謬論