2008年 10月 09日 ( 1 )

教育における誤謬論の重要性

二十歳前後の頃、数理論理学を勉強したことでようやく数学についての理解が出来るようになってきた。そのときに、論理学の一分野として弁証法というものにも関心を抱き、いくつかの入門書を読んでみたのだがさっぱり判らなかった。しかし三浦つとむさんの『弁証法・いかに学ぶべきか』(季節社)という本だけは弁証法について初めて分かるような説明をしていたと感じたものだ。「うまい説明」だと思った。

この本の弁証法についての説明も印象深いものとして残っているが、それと同じくらいに心に残っているのは「誤謬論」について語った部分だ。特に、後に教育に携わるようになってからは、教育においては「誤謬論」を考えることが、分かりやすい説明にとって重要だということを思うようになった。

三浦さんの誤謬論は、間違った考えというものが、内容的にどのように正しい考えと違っているかという比較をしただけのものではない。間違った考えが出てくる原因というものを、客観的な現実とそれを認識する人間の頭脳の働きとの両方にそれを求め、合理的に説明がつくような仕方で「なぜ間違えるのか」という「なぜ」を説明するものだった。それは、単に正しいものを言葉として暗記して正しさを獲得するのではなく、誤謬に至る過程を理解することで、「なぜそれが正しいのか」ということを理解するものだった。

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by ksyuumei | 2008-10-09 09:30 | 誤謬論