2008年 10月 06日 ( 1 )

麻生首相の所信表明演説の評価から「うまい説明」を考える

国会では麻生首相の所信表明演説を受けて今論戦が行われている。対立する側が、その不備を指摘してマイナスの評価をするのが当然なら、それを支援する与党の方は、優れている点を指摘してプラスの評価をすることになるだろう。これはどちらにも一理ある議論になると思われる。プラスにもマイナスにも評価できる議論を、総合的に見ればどうなのかということで評価をまとめるのはかなり難しい。

自分の立場がはっきりしていれば、それは反対の立場を考慮する必要がないので分かりやすいだろうが、あくまでも客観的に正しい方に近づきたいと思えば、何が客観的かということにこだわらなければならない。双方の主張の中に、対立する立場からのものではあるが、客観性を感じてなるほどと思えるような「うまい説明」が見つかるだろうか。

専門家でない素人は、その知識量が少なく、しかも提示された資料を読み間違えたり錯覚をしたりする。客観的な真理をつかむ条件はきわめて悪い。この状況の中で、誰が提示する主張が信じるに値するものであるのか、そのことを考えてみたいと思う。普通の人にとって、麻生首相が語ることが正しいかどうかを直接確かめることは難しい。それを説明する、あるいは批判する誰の言説が正しいのかという判断の方が、直接考察するよりもやさしいのではないかと思う。「コロンブスの卵」は、その立て方を知った人は二度目には誰でも出来る。「うまい説明」は、最初に発見するのは難しいが、誰かがそれをしてくれれば、同じようなことを考えようとする二人目は、そのことを容易に理解するのではないかと思う。

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by ksyuumei | 2008-10-06 10:15 | 雑文