2008年 10月 03日 ( 1 )

うまい説明とは

仮説実験授業研究会の牧衷さんという人が『運動論いろは』(季節社)という本を書いている。牧さんは、いわゆる市民運動の専門家で、そこには長年の経験から得られた豊富な知識と教訓が語られている。運動という予測のつかない、ある意味では混沌とした対象から、いかにして法則性を読み取るかという認識論がそこにはあり、それは現実の持っている複雑性を理解するために、弁証法的発想を利用するというものになっている。弁証法の具体的な応用のすばらしい解説書ともなっている。

そこに牧さんの「慣性の法則」の理解に関する体験が語られている。「慣性の法則」というのは、「静止している質点は、力を加えられない限り、静止を続ける。運動している質点は、力を加えられない限り、等速直線運動を続ける」というふうに語られる。これは、静止の場合については誰でも経験しているのでその理解はたやすいだろう。論理的な思考なしに、体験から直接そのような「感じ」を理解することが出来る。

しかし「等速直線運動」の方は、我々は直接体験することは出来ない。力を与えられていないように見える物質は、地球上ではいつか止まってしまう。(そこには摩擦力などが加えられているのだが、これは目に見えるようにはなっていない。)いつまでも動き続けるということはない。この「等速直線運動」は、それを想像させるようなうまい実験を利用しないとなかなか理解が難しいだろう。言葉の上で、「慣性の法則」は上のように書かれているというのを記憶しただけでは理解に至らないのではないかと思う。言葉で覚えている「慣性の法則」は、それを説明することは出来ても「うまい説明」とはならないだろう。

説明が説明として機能するためには、その説明によって今まで分からなかったところが分かるようにならなければならない。言葉で覚えているだけの、暗記した言葉の説明は、それがすでに分かっている人には分かるだろうが、まだ理解に至っていない人にとっては何を言っているのかさっぱり分からない。それは全く説明という言葉に値しないのだが、そのような丸暗記の言葉であってもテストでは正解になったりする。

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by ksyuumei | 2008-10-03 09:26 | 雑文