2008年 09月 25日 ( 1 )

麻生新総裁誕生の評価について 2

朝日新聞の社説では、麻生新総裁誕生についての評価は、慎重に断定を避ける言い方をしているように見える。「耐用年数が過ぎたか」というふうに疑問文の形で語っている。これは反語的に、「耐用年数は過ぎた」のだという断定的な評価だと受け取った方がいいのだと思うが、反語的なレトリックを使うことによって、ベタに受け取る人は「どっちなのだろう」と迷うかもしれない。朝日新聞の基本的姿勢からいえば、もはや「耐用年数は過ぎた」のだと判断してもいいと思うのだが、ちょっと中途半端な言い方のように聞こえる。

本文の内容では、「自民党は政権政党としてもはや耐用年数を過ぎたのではないか。そんな批判が説得力を持って語られている」と書いている。説得力があるという判断をしているのだから、もう自民党ではだめだと言い切ってもいいのではないかと思われるのだが、中立の立場を守らなければならないということなのだろうか、そういう言い方をしていない。

過去に対する認識については


「官僚との癒着、税金の巨額の無駄遣い、信じられない年金管理のずさん、薬害エイズや肝炎の隠蔽(いんぺい)……。効率的で有能と思われてきた日本の行財政システムが機能不全を起こしたかのように、不祥事が止まらなくなっている。

 国土を開発し、豊かな生活を育むはずだった公共事業は、いまや800兆円の借金となって国民の肩にのしかかる。人口が減り、経済はいずれ縮小に転じるかもしれない。そのなかで格差を縮め、世代間の公平を保ちつつ豊かで平和な暮らしを守ることが本当にできるのか。」


という文章から伺えば、日本をこのようにどうしようもなくガタガタにしたのは自民党政治の責任だと主張しているように見える。だから当然のことながら、このような自民党にはもはや政権担当能力はないと判断しても良さそうなのだが、「自民党に政権を託し続けていいのだろうか」という問いかけをするだけでやはり断定的には語らない。左翼的立場を自他共に認めるのならば、ここはきっぱりと断定するべきだと思うのだが、基本的にはポピュリズムに従い、左翼的言説が人気があるときはそのように振る舞うというだけなのだろうか。

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by ksyuumei | 2008-09-25 10:14 | 政治