2008年 09月 24日 ( 1 )

麻生新総裁誕生の評価について 1

自民党総裁に麻生氏が選ばれて、新聞各紙はそのことについての社説を書いている。出来レースと言われ、総選挙用のパフォーマンスに過ぎないと言われていたこの総裁選だが、予想以上の大差で麻生氏が勝ったことによって、その出来レースぶりとパフォーマンスだけの内容があからさまに分かるようになってしまった感じがする。

そのせいかもしれないが、各紙の社説では「こうあるべき」というべき論と、「こうして欲しい」という願望を語る論調が多かった。この二つは確かに大切な要素ではあるが、主張としてはリスクの少ない平凡な一般論ではないかと思う。「べき論」は、その政策を具体的に語り、民主党との違いを明確にすべきというものが多いが、これは誰が考えても「そうすべき」と言える内容であまり目新しいものはない。願望にしても、べき論で「そうすべき」だということを実現して欲しいという語り方が多い。

誰もがそう考えることを主張するのであれば、そこに間違いが入り込むリスクは少ない。そして、現実がその願望通りにならないときは、そのような主張をした方に間違いがあるのではなく、希望を実現しなかった方が非難される。論説による主張としてこれほど安全なものはないだろう。それに対して、この麻生総裁誕生を評価するという主張になると、その評価は今後の動向によって正しいか間違っているかが判断される。間違った評価をすれば、主張としては批判されるリスクがあるだろう。だが論説をリードする立場の新聞の社説では、あえてこのリスクを冒すべきだろう。そのような評価を語っている部分を社説の中から探し出し、その評価の論理的正当性というものを考えてみたいと思う。

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by ksyuumei | 2008-09-24 09:28 | 政治