2008年 08月 29日 ( 1 )

論説文の主張を形式論理で理解する 2

前回のエントリーでは朝日新聞が社説で展開していたグルジアでの紛争の問題を考えてみたが、田中宇さんの「米に乗せられたグルジアの惨敗」という記事が同じ問題を扱っていて、違う視点を提出しているのを見つけた。社説では一般的な前提として分かりやすい事柄を置いて、どちらかというとロシアに対して道徳的な非難をしていた。しかしこれは社説と違って長大な論説になっているので、社説では語られていなかった特殊な事情も情報として提供されている。

社説での論説は、一般論としてはそうかもしれないが、そのような一般論では日本独自の国益に関しては何も見えてこないなというのが感想だった。だが田中さんの論説では、このグルジアの問題に関して、アメリカの影というものが強く意識されて、日本にとってのアメリカの存在というものも再考させられるきっかけを与えてくれるのではないかと思える。単純にロシアがけしからんことをしたという非難をするのは、ロシアに対する悪感情を持っている人にとっては、非難をすることで自分が勝ったような気分になり溜飲を下げるという効果はあるかもしれない。しかし、そのような感情を満足させたからといって、そのことが持つ意味を正しく理解したことにはならないし、感情的な反応の延長で国際的な関係を読んでしまえば判断の間違いにつながる恐れもあるのではないかと思う。感情的ではない、論理的に整合性のある解釈というものを田中さんの論説をヒントに考えてみようと思う。

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by ksyuumei | 2008-08-29 10:14 | 論理