2008年 08月 21日 ( 1 )

理解の道具としての形式論理 5

さて前回引用しておいただけの宮台真司氏の「連載第二三回:政治システムとは何か(下)」の次の文章の考察をしてみよう。


「以上の復習を纏めると、権力を可能にする了解操縦とは、相手の了解において「権力主題を与えて回避的状態を構成する」ことだと言えます。人称性の操縦による「抵抗の宛先の不在」も「抵抗の宛先の分厚さ」も、回避的状態への否定的選好を強める働きをします。」


この文章で重要なのは、「回避的状態への否定的選好を強める働きをします」という主張が、論理的に導かれていることを理解することだ。それは現実の権力現象を観察して、観察した結果として「そのように見える」と主張しているのではない。もしそれが観察の結果に過ぎないのであれば、そのときはそうだっただろうが、それが普遍的な法則性を持っているかどうかは分からないとしか言えないだろう。帰納的推論は、「そう見える」ということから「そうだ」という結論を引き出そうとするもので、これは仮説以上のものはもたらさない。しかし、演繹的推論によって論理的に導かれた結論は普遍性を持つ。

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by ksyuumei | 2008-08-21 09:39 | 宮台真司