2008年 08月 14日 ( 1 )

仮言命題の真理値を巡る直感に反する解釈

形式論理学では、命題の真理値を用いてそれで数の計算に似たような論理の計算を考える。論理として正しいかどうかを、真理値を割り当てて、その値によって評価しようとするものだ。その命題が正しいとき、すなわち真であると判断されると真理値として1を与える。それが正しくない、すなわち偽であると判断されると真理値としては0を与える。1や0を与えるのは、命題の論理計算が、数の1や0の足し算やかけ算に相当するので便利だからだ。

<または>や<かつ>で示される命題の真理値は、元になるAやBの命題の真理値が決まると次のように考えられる。

  A  B  AまたはB  AかつB
  1  1    1      1
  1  0    1      0
  0  1    1      0
  0  0    0      0

これは<または>と<かつ>の日常言語的な意味とだいたい合うような感じがして受け入れられる人が多いだろう。<または>ではA,Bともに正しくないときに、<または>とは言えないという判断は賛成できるのではないだろうか。どちらか一方が成り立っていなければ<または>という接続語を使うのは変だという言語感覚だ。

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by ksyuumei | 2008-08-14 13:16 | 論理