2008年 08月 11日 ( 2 )

論理計算における真理値と正負の数の計算におけるマイナスの数との類似

数学においてマイナスとマイナスのかけ算というのは、直感的に理解するにはたいへん難しいもので、ここで躓く子供が多いのではないかと思う。このかけ算の規則は、ルールとして覚えてしまえば何でもないもので、それほど覚えにくいものではない。だが、この記憶が定着しないというのは、何か変な気持ち悪さがあって、どうしても「マイナス×マイナス」が「プラス」になるということに納得できなくて、その自分の気持ちを認めてやりたい気分が、この単なるルールの記憶を困難にしているのではないかと思う。何か変だと思うことがらが記憶できないというのは、きわめて人間的で自然なことではないかと思う。

マイナスとマイナスのかけ算に関しては数学史の上でもなかなかこれを認められなくて苦労したということが伝えられている。これは直感に反する結果として提出されるのでそれを正しいものとして覚えるのが気持ち悪いのではないかと思う。数学史の上では、マイナスの数を借金として想像することが多かったようで、これとの連想で考えると、借金と借金をかけ算してプラスになる、すなわち財産になるというのは明らかにおかしいと感じる。

これは実はかけ算の意味を間違えているので、よく考えれば借金と借金はかけ算してはいけないことが分かるのだが、直感的に浮かんでくるマイナスの数のイメージが借金しかなければこのような想像が浮かんでくるのも無理はない。数学における計算は、計算そのものとして考えるときは、借金というような属性が無くなってしまうのだが、マイナスの数は、プラスの数の反対のものとして導入されたりするので、それを想像するにはどうしてもプラスの反対になるものとあわせて考えないと、マイナスの数そのものが頭に浮かんでこない。その概念がつかめないのだ。

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by ksyuumei | 2008-08-11 23:07 | 論理

抽象と数学・論理との関係

小室直樹氏は『数学嫌いな人のための数学』(東洋経済新報社)という本の中で、幾何学・ニュートン力学・経済学などが、その対象を抽象することに成功したことで論理的表現が出来るようになったことを語っている。

幾何学はそれまでは実際の役に立てる実用的な技術として存在していた。面積を測ったり、角度を測ったり、具体的な問題の解答を得るための計算をしたりというようなことが幾何学の主な仕事だった。それを公理的な論理体系としてまとめたのがギリシア人であり、ユークリッドの幾何学と呼ばれるものだった。これが論理体系としてまとめられた理由の一番のものに、小室氏は、「幅を持たない直線」や「位置情報のみで大きさを持たない点」などの抽象的な概念の成立をあげている。

これらのものは現実には存在しない。抽象的なものとして頭の中でのみそれを見ることが出来る。これらの対象は論理に革命をもたらした。現実の存在であれば、よく観察すればするほど多様な性質が見えてくる。しかし抽象的な存在は、その側面だけを見て他を無視するという「捨象」を行うので、多様な他の面は考える必要が無くなる。そうすると完全に論理のルールに従う対象としてそれを見ることが出来るようになる。抽象という行為は、論理だけに従う対象を見出し、現実を全く考えずとも、論理の世界だけで真理を求めることを可能にした。

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by ksyuumei | 2008-08-11 09:40 | 論理