2008年 07月 30日 ( 1 )

前者の欠点を克服していく法をめぐる論理の流れ

宮台氏は、「連載第二一回:法システムとは何か?(下)」でルーマンが語る法理論について説明をしている。これを前回の流れと関連させて考えてみると、ハートの法理論が不十分であった部分を補ってそれを克服するものとしてルーマンの理論が提出されているように見える。ハートの理論も、それ以前の理論の不十分なところを克服するものとして考えられていた。この一連のつながりを論理の流れとして受け止めると、論理的には非常に興味深いものになる。

その登場する順に、基本的発想(法というものの捉え方)と、それから発生する問題点を整理してみようと思う。まず最初のものは


1 法実証主義:法は人が置く(pose)ものだとする立場、「法=主権者命令説」。
        これは「主権者による、威嚇を背景とした命令」が法だとするもの
        法内容の恣意性が克服できない問題がある。
  自然法思想:自然法=神法あるいは、人間的本性に基づく自然法という考え。
        近代の自然法論は事実上「法=慣習説」。
        この説では、近代社会で日々反復される法変更(立法)を基礎づけられない。


という二つが挙げられていた。それぞれが法現象の一側面を合理的に説明していたが、それぞれに問題点も指摘されていた。この考え方は、法現象の基礎に何か固定的な前提があって、その前提のもとに現実がある程度合理的に(論理的に)説明されると考えている。法は合理的な全体性(構造)を持っているという見方になるだろうか。

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by ksyuumei | 2008-07-30 22:00 | 宮台真司