2008年 07月 29日 ( 1 )

「言語ゲーム」の概念を機能的側面から考えてみる

宮台氏は、「連載第二〇回:法システムとは何か?(上)」の中で「ハートの言語ゲーム論的な法定義」というものを紹介している。「言語ゲーム」という概念は、これまでも何回か考えてみたが、その概念をつかむことが非常に難しい、高度に抽象化された概念である。具体性がほとんど感じられない。イメージとして思い浮かべることの難しい概念だ。

たいていの場合は、「言語ゲーム」という概念をまず理解して、その理解の基に、ハートが語った法定義の理解を試みるという順番で思考を展開していく。しかし、「言語ゲーム」の概念が難しいので、これを逆に考えて、ハートがどのような目的を持って「言語ゲーム」を利用しようとしたのかを考えて、ハートが「言語ゲーム」に求めた機能を逆にたどって、そこから「言語ゲーム」なるもののイメージをつかむようにしてみたらどうだろうかということを考えてみた。

このような理解の方向があるというのも、一度敷かれた道を後からたどる人間の有利さというものだろう。先駆者であれば、誰も考えたことがない概念を駆使しなければならないので、このような、迷路の出口から逆にたどるというような思考の流れを考えることは出来ないだろうが、後からたどるものにはそのようなことも許されると思う。コロンブスの卵は、最初にそれを発見した人間には天才性が必要とされるが、後からそれを知る人間は、単にその合理性をたどる技術があればいい。その技術を論理というものが与えてくれるのではないかと僕は思う。

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by ksyuumei | 2008-07-29 00:28 | 宮台真司