2008年 07月 16日 ( 1 )

「偶発性」の概念とそれが二重であることの理解

宮台真司氏が「連載第十回:二重の偶発性とは何か」で説明するのは「二重の偶発性」というものだ。ここで語られている「偶発性」という言葉は辞書的な意味に近い。それは基本的には「必然性」に対立するものとして理解される。宮台氏の言葉で言えば、可能性としては他のものでもあり得たのに、たまたま(偶然)そのようになっているというような現象が起こっているのを「偶発性」と呼んでいる。

現実の我々の世界は「偶発性」に満たされている。必然性を洞察できる科学的真理もあるが、それは特定の対象にのみ適用できるもので、大部分は偶然そうなっているとしかいえないだろう。この偶発性に対して人間は意味の機能を用いてそれを理解しようとする。宮台氏は「偶発性に対処して選び直しを可能にする、否定性をプールする選択形式」を意味の機能として捉えて、我々の世界理解を説明している。現実には否定された他の可能性を選びなおすという機能を通じて我々はいま目の前にある世界を理解しようとする。

我々の思考が論理の展開などというものを経ずに、目の前の現象を単純に受け止めて、それを刺激として反応するだけであれば意味の機能は必要ない。本能的な対応のメカニズムがあれば十分だろう。しかし人間は単に刺激に反応するのではなく、意味を経由して現実に対処する。これが過去の記憶からの学習や、未来の予測からの「予期」を形成するきっかけとなる。意味の概念から選択の持続の理解が生れ、それが過去や未来の概念を生み、人間の世界認識が深く広くなっていく変化をもたらす。

More
[PR]
by ksyuumei | 2008-07-16 09:57 | 宮台真司