2008年 07月 04日 ( 1 )

言語の「価値」という概念は、思考の展開にどのような新しさをもたらすか

内田さんが語るソシュールには言語の「価値」という概念が登場する。この「価値」は辞書的な・日常的な意味とは違うものを含んでいる。そこには新しい概念が表現されている。この「価値」という言葉によって新たに発見された概念は、思考の展開においてどのような利用のされ方をしているだろうか。そして、この概念があるおかげで、言語現象の複雑な側面がよりはっきりと見えてくるということがあるだろうか。もしそのような有効性をこの概念がもたらすなら、人間は新たな概念を生み出す言語によって、現実世界を人間に理解できる形で切り取ったといえるのではないだろうか。

さて「価値」というのは、それが何か貴重な、人間にとって大事だと思えるような性質を持っているというときに「価値がある」という言い方をする。だから、「言語の価値」という言い方を辞書的に受け取ってしまえば、「言語がいかに貴重で大事か」ということを指し示すものと解釈されてしまう。しかし、このような意味ならばわざわざ新たな概念として考える必要はない。辞書的な、それまであった概念で理解していても十分だ。

ソシュールが語る「価値」は、それが個別的な性質として大事だとかいう感覚を生むものとして捉えられているのではない。つまり、自分にとっての個性的な「価値」を語っているのではない。社会の中で、誰もがそれを欲するというとき、多くの人がそれを欲望するということが確認されるとき、その対象は、他の欲望されないものよりも「価値がある」という判断をされる。この「価値」は、他の存在との比較によって相対的にそれが高いか低いかが判断されるものとして想定されている。

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by ksyuumei | 2008-07-04 10:14 | 言語