2008年 07月 01日 ( 2 )

原子概念誕生の瞬間を想像してみる

原子論というのは、「すべての物質は非常に小さな粒子(原子)で構成される」という主張の事を指す。これは今では科学的に正しいということが証明され、すべての科学者はこのことを前提として科学的な考察をしている。だから「原子論」については、それが正しいということや、その正しさが確立されてきた歴史というものはいろいろと解説してくれる資料は多い。

僕の尊敬する板倉聖宣さんも、『原子論の歴史(上)(下)』(仮説社)という本で原子論の正しさとその「論」の歴史については詳しく書いている。だがここで想像したいのは「論」の正しさではなく、「論」の意味を正しく受け取るための「原子」の概念がどのように誕生してきたかということだ。

「目に見えないほど小さい」とか「すべての物質の構成単位としての極限的なもの」であるとかいう「原子」のイメージがどのようにして生まれてきたのかということを想像したい。これはそのような問題意識で書かれた解説はまったく見つからなかった。「原子論」の正しさを解説する本はたくさんあるけれど、その元になった「原子」という言葉の概念はどのようにして獲得されたかということが書かれているものは見つからなかった。それで仕方がないので自分で想像してみようと思う。この想像が、ソシュールが語る「言語と概念は同時に生まれた」ということの理解に何らかのヒントを与えるのではないかと思うからだ。

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by ksyuumei | 2008-07-01 09:59 | 雑文

概念獲得の過程を反省してみる

ウィトゲンシュタインは、『論理哲学論考』を


「1 世界は成立していることがらの総体である。」


という言葉から始めている。この命題は、「世界」について語っていて、「世界」の定義でもあるといえる。つまり「世界」の概念を説明する言葉になっている。ウィトゲンシュタインが語る「世界」は、どうも普通によく使われる「世界」のイメージと違う。それは多くの人が持っている「世界」の概念と違うもののように見える。

「世界」というのは素朴なイメージでは、我々の周りに見えるもの全体を把握してそう呼ぶような感じがする。だから「ことがら」だけに限るウィトゲンシュタインが定義する「世界」は、どうも「世界」としては狭いのではないかという感じもする。素朴なイメージに近い「世界」の定義を辞書に求めると「(梵)lokadhtuの訳。「世」は過去・現在・未来の3世、「界」は東西南北上下をさす」というものが近いのではないかと思う。

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by ksyuumei | 2008-07-01 00:53 | 雑文