2008年 05月 23日 ( 1 )

チベット問題の合理的な理解

チベット問題を合理的に理解するということは、中国の姿勢・態度を理解してそれを是とするということではない。むしろその逆で、チベットに対する中国の姿勢・態度は明らかに間違っていると思われる。しかしそれにもかかわらず、中国には間違っているという自覚がない。論理的にはおかしいと思われる理由でチベット支配の正当性をごり押ししているに過ぎないように見える。

中国はかなり多くの部分で論理的に正当だと思われる行動をしているのに、チベット問題に限っては、かなり無理をしてでもエゴイスティックな自分の利益を守ることに固執しているのだろうか。それは結果的には世界的な不人気を呼び、自らの利益を守る方向に働かないのではないかと、論理的には考えられるのに、その可能性を考えることが中国政府の目からは完全に消えている。この非論理性が、中国内部ではなぜ正当化されるのか。その合理的な理解をしたいというのがこの考察の目的だ。

中国はもともとそういう国なのだと受け取ってしまうと、合理的に思考する必要はなくなる。「嫌な野郎だ」という感情的な反応で終わってしまう。それを、結果的におかしいと思われる行動の中にも、なるほどこの原因があればこのような行動に結びつくのも無理はない、と合理的な理解が出来るように論理を構築したいと思う。そのような論理が見つかれば、その原因を取り除けば問題は解決すると思われるからだ。変なことをする人間も、もともとその人間が変なのではなく、普通の状態であれば合理的で納得できる行動をするという前提で考えるのが合理的な理解だろうと思う。変な行動に結びつくのは、そこに普通ではない何らかの原因があると思われるからだ。その論理的な結びつきが、チベット問題における中国には、どのようなところにあるのかを考えてみたいと思う。

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by ksyuumei | 2008-05-23 10:23 | 雑文