2008年 03月 10日 ( 1 )

論理トレーニング応用3 内田樹さんの「私がフェミニズムを嫌いな訳」の論理的考察3

斉藤さんの「内田がほぼ田嶋陽子ひとりをフェミニスト代表であるかのごとく例示しつつ行うフェミニズム叩き」と「内田は随所で、自分に対する批判には一切回答しないと公言している」という部分について感じる違和感について分析してみようと思う。

まずは例示の部分についてだが、これは、「そんなものは○○ではない」という言い方によく似ているのではないかと思う。ある対象に批判的な側面があるのを、一般論的に語ることもできるが、一般論での批判はどうしても論理的にはそのつながりを見るのが難しくなる。具体的な例があれば、どの部分がどのように批判的に指摘できるかがわかりやすくなる。そこで理解を助けるために例示というのがたくさん使われる。

この例示で気をつけなければならないのは、それが本当にふさわしい例示になっているかどうかということだ。つまり、それは特殊な例ではなく、ごくありふれたものとしてすぐ目につくようなものが出されなくてはならない。そうでなければ、末梢的な欠点をあげつらって全体を否定しようとする論理的な間違いになるだろう。三浦さんがよく語っていたように、特殊を持ち出してそれを普遍性にしてしまう間違いだ。特殊な経験が一般化されてしまうような、経験主義的な間違いと言っていいかもしれない。

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by ksyuumei | 2008-03-10 10:04 | 論理