2008年 03月 09日 ( 1 )

論理トレーニング応用2 内田樹さんの「私がフェミニズムを嫌いな訳」の論理的考察2

斉藤さんが、内田樹さんの「私がフェミニズムを嫌いな訳」を「為にする議論」と判断していることについて、論理的な考察をしていこうと思う。まず「為にする議論」の概念だが、これを僕がどう捉えているかを述べておいて、その概念に照らして、内田さんの文章がこれに当てはまるかどうかというのを考えたいと思う。

僕は、「為にする議論」というのは、結論としての真理を導くのではなく、議論をすること自体が目的化してしてしまった不毛な議論だというイメージを抱いていたのだが、世間ではどのようなイメージで流通しているのかというのを調べてみた。

「為にする議論 出典: フリー多機能辞典『ウィクショナリー日本語版(Wiktionary)』」によれば、この言葉は次のように説明されている。


「議論において、相手の揚げ足取りや無関係な話題について終始し、結論等を出そうとしないこと。」


だいたい僕のイメージと重なるような説明ではないかと思う。ただ、「為にする」という言い方が、単なる目的化をするというだけでなく、辞書的には「下心をもって事を行う」というニュアンスが込められているらしい。つまり、この「為」は、本来の目的ではなく、違う目的のためにということが意図的に選ばれているということだ。単に頭が悪くて論理構造を正しく捉えられないから、「間違って」他の目的になっているのではなく、むしろ頭がいいので意図的に他の目的にすり替えて相手をだましたりごまかしたりしようとしているという感じになるようだ。

More
[PR]
by ksyuumei | 2008-03-09 11:20 | 論理