2008年 02月 12日 ( 1 )

論理トレーニング 6 (接続の構造)

さて、接続詞の選択では、接続詞の前後の文章の論理的関係が考察された。これが「接続の構造」と呼ばれる章では、接続詞の前後だけではなく、ある主張を主題に持ったまとまりのある文章の全体に関して、論理的な接続関係の構造を捉えようというものになる。これは、部分を見る接続詞だけの考察に比べると難しい。文章全体(といってもまだ短いものだが)が何を主張しているかという読み取りは、その文章自体が論理的にすっきりしていないとなかなか読み取ることが難しいからだ。論理的な構成として優れた文章を材料にしてトレーニングしないとこれは難しい。

どんな問題を差し出してくれるかは野矢さんの腕の見せ所だが、問題は、細かい命題に番号が振ってあって、その命題の間の論理的関係を構造化して捉えるというものになる。例題で紹介していこう。


例題2
「何事かを説明するとき、われわれは必ず現実からなにがしかの距離をとらなければならない。たとえば、友人のために自宅までの地図を描いて説明することを考えてみよう。

①この場合にも、われわれはすでに「現実から一歩離れている」。つまり、
②地図を描くということは、自分で彼を家まで連れてくることとは違う。むしろ、
③現実そのものの街を彼とともに歩かないですむところに、地図を描く効用があるのである。また、
④そのような地図を描く際、われわれは自宅に辿り着くのに必要な道筋や目安を書き込むけれども、「あまりにちいさなこと」や「目安にならないこと」は書き入れない。たとえば、
⑤この家には鯉を飼った池があるとか、この魚屋はめったにまけないとか、ここによく子どもが遊んでいるといったことは書かないのである。

同様に、説明もまた、ただ事実そのものの事細かな記述ではない。何を説明するかがまずあり、それにとって必要なことのみを詳述したものが説明なのである。」


この文章は、文章全体の主題は「説明」ということの意味を明確に主張するところにある。冒頭では「現実からなにがしかの距離をとらなければならない」と主張し、結びでは「何を説明するかがまずあり、それにとって必要なことのみを詳述したものが説明なのである」と主張されている。現実から距離をとることが、現実そのものを記述することではなく、必要なものだけを語ることにつながる。この文章全体の主題を説明するときに、この主張に説得力を持たせるため、①~⑤までの論理の流れによって主張の内容を説明しようとしていると考えられる。その構造を捉えようというのがこの章のトレーニングだ。

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by ksyuumei | 2008-02-12 10:04 | 論理