2008年 02月 10日 ( 2 )

論理トレーニング 5 (接続詞の選択)

さて、解答のない課題問題を引き続き考えてみよう。まずは次の問題だ。


問4-3
「日本でも、玄関の戸は現在では引き戸ではなく、ほとんどがドアになった。
    <しかも/しかし>、
欧米と同じようなドアでありながら、欧米と異なっているのは、外開きであることだ。ドアを内開きにすると、玄関で脱いだ靴がドアに引っかかってしまうからである。」


この問題を解くポイントは、接続詞の前後の論理の流れがどうつながっているかを正しく読むところにある。その主張が、同じ方向を向いていて、それを強化する働きを続く主張がしているのなら「しかも」を選ぶ。前半の主張は、玄関の戸がドアになったことを主張している。これに「しかも」と続けるなら、ドアだけではなく他のところも日本古来の引き戸のようなものがなくなってしまったとか、同じ論理の流れの方向での主張が続かなければならない。

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by ksyuumei | 2008-02-10 17:48 | 論理

大岡信 「青空」について

msk222さんのエントリーへの書き込みで、大岡信の「青空」という詩を思い出した。この詩は、詩という芸術の面白さに気がつき始めたころ、青春の輝きを感じさせてくれるような、思い出深い詩だった。ずいぶん前のことなのに、この詩は小さいノートに書き込んで取ってあった。今では、インターネットで検索してもヒットしないので、どこかで探そうとしてもなかなか見つからないだろうと思う。当時(1970年代半ば)の通信高校講座で取り上げられたものだった。

全文を載せてしまうと著作権のことが気になるので抜粋を紹介したいと思う。もし関心をもたれた方がいたら、プライベートなメールなどで紹介させてもらおうかなとも思っている。それなら、誰でも見られるところに公表しているのではないので、著作権を侵さずにすむのではないかと思う。さて、この詩の冒頭の部分をまずは引用しよう。


「 一
 最初、わたしの青空の中に あなたは白く浮かび上がった塔だった。あなたは初夏の光の中で大きく笑った。わたしはその日、河原に降りて笹舟を流し、あふれる夢を絵の具のように水に溶いた。空の高みへ小鳥の群れはひっきりなしに突き抜けていた。空はいつでも青かった。わたしはわたしの夢の過剰で一杯だった。白い花は梢でゆさゆさ揺れていた。」


この冒頭の部分はすべて過去形で語られている。それがすでに終わってしまったことであることが示されている。「あなた」の存在が「わたし」にとっていかにすばらしいものであったかが、ここではこれ以上ないくらいの過剰な表現でなされている。青空の中の白く浮かび上がった塔は、それ以外の存在が目に入らない、「わたし」にとって存在するのは「あなた」だけだと言っているように感じた。

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by ksyuumei | 2008-02-10 10:44 | 雑文