2008年 01月 29日 ( 1 )

解像度の問題

マル激トークオンデマンドに『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)の著者の福岡伸一さんがゲストで出ていたときに、福岡さんが語っていた「解像度」という言葉が印象に残っている。解像度の高い画像では、より細かい部分が鮮明に表現される。福岡さんは、「解像度を上げた」という言い方をしていたが、それは、今までは目に見える範囲の見方で直感的・素朴に捉えていたものを、よりミクロの世界のメカニズムにおいて解明したというふうに僕は解釈した。

その解像度を上げた表現は「動的平衡」というもので、これは福岡さんの著書のタイトルにもあるように、生物と無生物のあいだを分かち、それを区別する指標となる。動的平衡の素朴な表現は、弁証法の教科書にもよく載っているように、生物に対してそれを「同一のものであって同一でない」と表現するものだ。この弁証法的矛盾を実現しているものが生物だという捉え方は、古代ギリシアの時代からあっただろうと思われる。

生物が同一のものであるという捉え方は、個体としての全体は他の生物から識別される同一性を持っているという判断がなされるからだ。私は私であって、他の人間になることはない。ポチと呼ばれる私の犬は、昨日も今日もポチであり、明日もポチと呼ばれる同一の個体であるだろう。ある日突然ポチが、まったく別の個体であるタマになったりはしない。

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by ksyuumei | 2008-01-29 10:00 | 方法論