2008年 01月 25日 ( 1 )

運動における弁証法的矛盾

三浦つとむさんは、『弁証法はどういう科学か』(講談社現代新書)の中で、ヘーゲルは「ゼノンの詭弁(パラドックス)」に正しい解答を与えたとして、次のヘーゲルの言葉を引用して運動における矛盾の説明をしている。


「この矛盾はあちこちに見受けられる単なる変則とみなすべきでなく、むしろその本質的規定において否定的なるもの、あらゆる自己運動の原理であって、この自己運動は、矛盾の示現以外のどこにも存しない。外的な感性的運動そのものはその直接的定在である。あるものが運動するのは、それが今ここにあり、他の瞬間にはあそこにあるためばかりでなく、同一の瞬間にここにあるとともにここにはなく、同じ場所に存在するとともに存在しないためでもある。人は古代の弁証法論者とともに、彼らが運動の中に指摘した矛盾を認めなければならないが、これは、運動はそれゆえに存在しない、ということにはならない。むしろ反対に、運動は存在する矛盾そのものである、ということになるのだ。」
(ヘーゲル『大論理学』)


三浦さんがゼノンのパラドックスを「詭弁」と呼んでいるのは、そこに矛盾が表現されているからで、その言説が間違っている・あるいはでたらめだということから「詭弁」と語っているのではないだろうと思う。むしろ、現実の運動の持っている矛盾を指摘した言葉として論理的な重要性を持っているからこそそれはパラドックスという呼ばれ方をしているのだと思う。

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by ksyuumei | 2008-01-25 10:32 | 論理