2007年 12月 15日 ( 1 )

「ノーミソの目」で見る

「ノーミソの目」という言葉は、仮説実験授業研究会でユニークな発表をしていた徳島の新居信正さんがよく使っていた言葉だ。僕は、新居さんが語っていた「ノートはノーミソを写す鏡である」という言葉が、自分の体験ともぴったり合ったこともあって、この言葉が特に印象に残っていた。

僕は数学の試験問題を解くときに、答案用紙が真っ黒になるくらいに書き込みをしていた。これは、自分が頭の中で考えたことをほとんどすべて書き込むようにすると、考えたことを客観的に眺めることが出来るような感じがして、書かないで頭の中の思考をめぐらせるだけにしたときよりも多くのことが発見できるような気がしたからだ。その体験を、「ノートはノーミソを写す鏡である」という言葉は、まさに適切に言い表していると思った。

また、計算をしているときも、計算の過程をすべて書き込むようにしていた。しかも、どの数式がどのように変換されたかがすぐに分かるように、計算した数式のすぐ下に変換された結果の式を書き込むようにしていた。このようにすると、うっかり計算を間違えたときもその事にすぐ気が付くようになる。今から振り返ると、誤謬論としても合理的だったように思う。間違いをすべて避けるということは出来ないのだから、間違えたときに、その間違いを容易に発見できて、間違いを避ける手立てを持つということが誤謬論においては重要だろうと思う。

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by ksyuumei | 2007-12-15 11:02 | 雑文