2007年 12月 11日 ( 1 )

我々は同じものを見ているのか?

『科学理論はいかにして生まれるか』(N.R.ハンソン・著、講談社)という本の冒頭に、二人の観察者が同一の対象を見ているのかどうかという議論が語られている。細胞を観察する微生物学者の例はちょっと難しい。それは「細胞」というものの厳密な定義を僕がよく知らないからだ。だから、二人の生物学者が、一方は観察した対象を「細胞である」と判断し、もう一方が「細胞でない」と判断した場合、自分はどちらに見えるかということを判断することが難しい。この場合は、定義の曖昧さから、二人の見たものが同じであるかどうかという判断も曖昧になる。

もう一つの例の、ケプラーとティコ・ブラーエの例はもう少し考えやすいだろう。この二人が「明けゆく東の空に同一のものを見ているだろうか」という問いを著者は提出している。これは、細胞の場合と違い、天体という対象は、目に見える実体を「個体」(他のものと区別できる存在)として指し示すことが出来るので、細胞よりも単純な対象として捉えることが出来る。だから、同じであるか違うものであるかを考えやすいだろうと思う。

ケプラーとティコの場合は、視点を違えると「同じである」とも「同じでない」とも、両方とも主張できてしまう。つまり弁証法的な矛盾が生じる。それを写真的な映像という視点で眺めてみれば、二人の目が捉えた映像を比べてみれば「同じである」と結論できるだろう。視覚に異常がなければ、二人の見たものの映像はぴったり重なると考えられる。だからこの二つは「同じもの」だという判断が生まれる。

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by ksyuumei | 2007-12-11 10:12 | 哲学一般