2007年 11月 12日 ( 1 )

数は実在するか

以前のエントリーで、負の数を実体的に表す物質的存在はないという議論をいくつか展開したが、存在論というのは現実に対して何らかの考察をするときに前提となる重要なことではないかと思う。この存在論の発想が違ってくると、それを基礎にした論理展開も微妙にずれてくるように感じる。特に歴史的事実などの存在をめぐっては、「存在した」「存在しなかった」という判断は、存在論のあり方にかなり規定されるのではないかと思われる。

僕にとって負の数は概念として創りあげたものというイメージが強かったので、そのままの形では実在しないというのはほぼ自明のことではないかとも感じていた。しかし、概念として捉えた物事が、そのままの形では実在しないと結論してしまうと、すべての概念はそのままの形では実在しないのだから、概念と実在との結びつきが考察できなくなってしまう。実際には、現実の存在から正しく抽象されてきた概念と、空想的に概念を結びつけて実在と関係なく創りあげた概念があるだろう。

この両者をどのようにして区別するかということが問題になる。数に関して言えば、自然数というのは文字通り自然の対象に基礎を置いた数であり、実在する物質的存在を観察し抽象して創りあげた概念というものになる。それに対し負の数は、実在の対象の性質を概念として取り出し、その反対の概念と結びつけて新たに概念操作として創りあげた概念というものになる。ここに直接の実在と結びつかない契機が存在すると僕には思える。

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by ksyuumei | 2007-11-12 10:38 | 哲学一般