2007年 10月 09日 ( 1 )

『論理哲学論考』が構想したもの1 事実とその対象への解体

野矢茂樹さんの『『論理哲学論考』を読む』という本を頼りに、ウィトゲンシュタインが構想した世界の全体像の把握というものを考えてみたいと思う。ウィトゲンシュタインのような天才と同じ考えをもつというのは、かなり無謀な目標のように思われるかもしれないが、先駆者に対して2番手としてそこについていくというのは、難しさは半減どころか数十分の一になってしまうのではないかと僕は思う。一度つけてくれた道筋をたどるのは、道のないところを開発していくのとは難しさがまったく違うのである。

僕は数学を勉強していた学生時代に、すでに確立された数学を勉強するなら、時間はかかるかもしれないが必ず出来ると思っていた。そのための有効な方法として数理論理学を見つけた時はとても喜んだものだった。これさえあれば、既存の数学の理解は必ず出来ると思ったものだ。

新しい数学を開発するには天才的な能力が要るけれども、出来上がった数学を学ぶのであれば、論理的に正しいと確信できる手順を根気よく丁寧にたどっていけばいいだけだと感じていた。僕は、子どものころは数学の研究に従事して生活することが夢だったけれど、研究・開発するだけの天才性はどうやらなさそうだということに気づいてからは、それを学習することはかなりうまく出来ていたので、その経験を教育に生かせないかと思い、教師になったというところがある。

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by ksyuumei | 2007-10-09 10:45 | 論理