2007年 10月 03日 ( 1 )

先験主義(アプリオリズム)の間違い

シカゴブルースさんから「マイナス概念の形成」というトラックバックをもらった。この中で、シカゴ・ブルースさんは、僕の「数学的法則性とその現実への適用」というエントリーの中で語っている、「マイナスというものがそもそも想像上の対象である」ことと、それを現実の中に探しても、それが「存在しない」ので、直感的な把握が難しいのだという主張への反対の見解を語っている。

シカゴ・ブルースさんは、「「ことば」に対する概念の先行性と、概念に対する現実の先行性」ということの判断から、僕が「マイナス」という言葉の意味から上のような結論を引き出したことを、現実の経験を媒介にしない、何か先験的な判断のようなものという受け取り方で、「先験主義(ア・プリオリズム)的な解釈」と呼んでいるように思われる。しかし、先験的な判断は、「主義」にまで徹底されてしまうと間違えるだろうが、個々の場合においては、経験するまでもなく確かだと判断できることもある。それが論理的判断であり、論理的判断をすることは、決して先験主義という「主義」ではない。

また、「「ことば」に対する概念の先行性と、概念に対する現実の先行性」というものも、無条件にそれを肯定することは出来ない。もし、このことを無条件に肯定してしまえば、それこそ間違った「先見的判断」として「先験主義」に陥ってしまうのではないかと思われる。「ことば」はそれがまったく新しい実体に対する命名であった場合は、もちろん現実がまず第一にあって、そこから概念が引き出され、それに命名されるという順番になるだろう。しかし、「ことば」の洪水の中で育っている現代の我々においては、まず「ことば」の意味が先行して後に概念が形成され、その概念に合致する現実を発見するという逆のコースも存在する。

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by ksyuumei | 2007-10-03 09:53 | 論理