2007年 09月 29日 ( 1 )

南郷継正さんの「しごき論」

武道家の南郷継正さんの『武道の理論』(三一新書)を読んだのはかなり以前のことなのだが、そこにたいへん面白い「しごき論」がある。「しごき」は、武道の上達のためには絶対的に必要であり、しかも有効に働くということを前提にしながらも、それは行き過ぎる可能性を常に持つものとして、経験主義的に把握するのではなく、いわば実体論的とでも呼ぶような理解の仕方が必要であると主張するものだ。

今話題になっている相撲の時津風部屋の力士の死亡の問題は、行き過ぎた「しごき」の問題としても捉えることが出来る。外から見ている人間からすると、死んでしまうまでしごくような人間たちは鬼のようなひどい人間に見えてくるが、「しごき」という現象は、本質的にそのような危険性を伴うものであるという認識が必要だろうと思う。指導者としての賢さや資質がない人間は「しごき」を上達の手段として用いるべきではないのだと思う。

少年力士を死に至らしめた人々は、鬼のような人非人ではなく、ごく普通の人だったのではないかと僕は思う。そして、そのごく普通の人を、通常では考えられないようなひどい行為をするところまでエスカレートさせるものが「しごき」の中にはあるのだと思う。「しごき」がなぜ行き過ぎてしまうかという構造的な部分を、南郷さんの言葉をヒントに考えてみようと思う。それは、いじめが行き過ぎて人を追い詰める構造に似ているのではないかとも思う。普通の人が、普通でなくなってしまうようなメカニズムを知って、それを自らの戒めにしたいものだと思う。

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by ksyuumei | 2007-09-29 22:43 | 雑文