2007年 09月 25日 ( 1 )

論理はなぜ正しいのか

哲学者の野矢茂樹さんは『ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む』(哲学書房)という本の中で、論理を「語りえぬもの」と書いている。論理というのは、ある事柄が正しいことを示すのに使われるが、論理そのものの正しさを問題にされることがない。むしろ論理そのものの正しさを示そうとすると、その難しさに困惑してしまうのではないだろうか。

野矢さんは、論理は「語りえぬもの」で、ただ「示される」だけだと語るが、この正しさというものを拙いながらも語ってみようかと思う。論理というのは、法則性として正しさを確認できるものなのか、それとも自明の前提として、合理的思考を進めるにはどうしても従わなければならないものとしてアプリオリ(先験的)に正しさを受け止めなければならないものなのだろうか。

まずは、論理も経験則を抽象化して得られた法則だという立場で考えてみようかと思う。論理は現実を反映した認識の中でも最高度の抽象であり、現実世界と一致することが論理の正しさを支えると考える立場だ。論理という法則性の、現象論的段階・実体論的段階がどういうものであるかを考えてみようかと思う。

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by ksyuumei | 2007-09-25 10:18 | 論理