2007年 09月 19日 ( 1 )

「正当性」の判断

「正当性」という言葉は、辞書的には「社会通念上また法律上、正しく道理にかなっていること」と説明されている。本質は「道理にかなっている」ということで、論理的に正しいということが要請される。難しいのは「社会通念上」あるいは「法律上」ということだろう。これは、社会通念や法律そのものが「正当性」を欠くという場合も考えられるからだ。「正統性」を欠いた前提から導かれた結論は、たとえ論理的に正しくともその結論に「正当性」があるという保証が出来ない。

「正当性」というのは現実にはそれが肯定的に語られていても、常に揺らいでしまう可能性を持っている。しかし我々は、社会的に決定される事柄に関しては、それが「正当性」を持つことで承認を与える根拠とすることが多い。この「正当性」というものが常に揺らぐことのある存在であるなら、どのようにして「正当」であることの妥当性を高めることが出来るだろうか。

論理的に正しいこと・すなわち合理的であることが必ずしも「正当性」を保証しないとしたら、それ以上の重要な観点というものを見つけなければならない。そうでなければ、民主的な決定に際して、我々が選択するものが間違いである場合が多くなるだろう。いまは自民党の総裁選が争われているが、福田氏か麻生氏か、どちらかを選ぶ際に、その語ることに「正当性」があるかどうかを判断基準にすることは普通に考えられることだろう。だが、「正当性」の判断そのものが揺らいでいては、この選択も間違える可能性が高い。

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by ksyuumei | 2007-09-19 10:17 | 論理