2007年 09月 17日 ( 2 )

権力概念の形成

萱野稔人さんは『権力の読み方』(青土社)という本で「権力」について論じている。それは、「権力」という概念について、ぼんやりとした不明瞭な状態がだんだんと明確になっていく発展の過程を綴っているようにも見える。これは、法則性の認識の発展段階である三段階論とよく似ているような感じがする。

「権力」という概念は、その最初は、何か権力らしいものを現実に発見して、その現実の特徴を受け取っていくということから出発する。これは現象論的段階に相当するもので、世間で「権力」と言われているものの姿を具体的に観察したり、自分の中の「権力」のイメージに合致するような具体的な存在を観察したりして、その概念の中身を作っていく。それは、最初は具体性にべったりと張り付いた、まだ十分抽象化されない概念として理解されているだろう。

ぼんやりした権力概念で浮かんでくるイメージは、まずは他者に命令をしたりして、自分の思い通りに他者を動かしている人間というものではないだろうか。自分の意志どおりに他者を動かすことの出来る人間は、なにかそこに「権力」というものがあるのを予想させる。そして、それが他者の意志に反すること・つまり他者が望んではいないことであっても、そうせざるを得ないように動かすことの出来る力であるなら、それはかなり「強い権力」だと言っていいのではないだろうか。

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by ksyuumei | 2007-09-17 16:44 | 論理

経済学が設定する実体

三土修平さんの『はじめてのミクロ経済学』(日本評論社)という本から、経済学が設定する実体と、その実体が従う法則性というものを考えてみたいと思う。現象から実体が抽象され、その抽象的実体が従う論理法則を、現象に再び問い返すことによってその抽象が妥当かどうかを検証するという過程を経て、現象論的段階が実体論的段階へと発展していくように思われる。

そしてまた、この実体が抽象のレベルを上げていくことによって、その法則性の範囲が広がり、経済学では社会全般という最高の範囲の抽象度に達したときに「本質論的段階」が訪れるようにも感じる。この本質論的段階は、実体の範囲がある条件の下に設定されている。ニュートン力学で言えば、目で見て観察できるような範囲にある実体なら、その観察の範囲にある現象に対してはすべて成立するという、その条件下での最高の抽象の実体に関して語る法則になる。だからこそ、この実体論的段階がそのまま本質論的段階に重なるのだと思う。

本質論的段階に達したニュートン力学において、ここで対象としている実体の範囲を少し広げると、その新たな条件のもとでは、本質論的段階が現象論的段階として解釈される。我々が、目で見える範囲を越えたものを実体として設定すると、目で見える範囲では誤差として処理されていたものが、正確な計測の対象になってくる。そうすると、ニュートン力学の法則性は、現象論的に、そう見えただけだということになってくる。

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by ksyuumei | 2007-09-17 11:28 | 論理