2007年 09月 14日 ( 1 )

反対のことは せず させず

牧衷さんの『運動論いろは』という本には、表題のような「反対のことは せず させず」という格言のようなものが載っている。これがもし格言として提出されているなら、それは発想法のようなものとして理解できるだろう。格言というのは、ことわざのようなもので、それが正しいときもあれば正しくないときもあるというものだ。それが正しいのは、現実の諸条件によるので、その諸条件が分からないうちは、一般的な法則として受け取ることが出来ない。

諸条件というのは、具体的な現象に対して、その具体性に深くかかわる条件として登場する。だから一般化することが出来ない。例えば、「大は小を兼ねる」ということわざがある。これは、道具の大きさについて語っている。普通はそれぞれの使用条件によって道具の大小が決まってくる。大きさが違えば道具が使えないということがある。しかし、時と場合によっては、大きいものが小さい道具の代わりに通用することもある。

このことわざは常に成立する法則性を語るものではない。形が似ているからといって、お玉は耳掻きの代わりにはならない。耳掻きにとって、その大きさは道具としての有用性に決定的な意味を持っている。そのような場合は、「大は小を兼ねる」とは言えない。このことわざが正しくなるのは、その道具の使用の場面という具体性が深く関わってくる。一般化した法則性として解釈することが出来ない。このような法則性は発想法として機能する。

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by ksyuumei | 2007-09-14 09:37 | 論理