2007年 08月 29日 ( 1 )

ことわざの法則性、弁証法の法則性

ことわざが語ることというのは、ある種の法則性を語っているのだが、これは科学的なものではない。経験から得られた教訓のようなもので、以前もそうだったからこのようなことが起こるかもしれないというような感じの法則性になる。これが科学の持っているような法則性にならないのは、三段階の発展をして本質論的段階に至ることがないからではないかと僕は思っている。

ことわざの法則性というのは、実体論的段階にも行くことはなく、現象論的段階のものにとどまっているのではないかと思う。ことわざの特徴を三浦つとむさんは、具体性の張り付いた抽象性というものに見ていた。具体性を完全に捨てることがなく、具体的なイメージを持ちつづけることによって、その内容の理解をしやすくしている。

この具体性は、ある特殊な経験を語るという表現に現れている。ことわざでは、経験したことを一般化して表現することはなく、特殊・具体的な表現のまま、一般化は比喩として理解するようにしている。

More
[PR]
by ksyuumei | 2007-08-29 10:02 | 論理