2007年 08月 17日 ( 1 )

法則的認識について

板倉聖宣さんが、「武谷三段階論と脚気の歴史」という文章の中で武谷三段階論に関して語っているのだが、その中の「法則的認識」という言葉が気になった。

武谷三段階論というのは、科学的認識の発展段階を三段階に分けて、その必然的移行について語ったものだが、それはあらゆる認識について語ったものではなく、「科学的認識」について語ったものだ。それは、板倉さんが指摘する「法則的」ということが重要な要素を占める認識になる。

人間の認識は、外界を捉えて理解する心の働きを指すのだが、それはすべてが法則的であったり科学的であったりするわけではない。むしろそのような高度に抽象された認識は難しく、たいていは感覚的・感性的な理解にとどまることが多い。人間の認識の中でも、限定された「法則的」なものとしての科学の発展が三段階という特徴を持って発展していくというのが武谷三段階論であって、法則的でない認識は、たとえそれがどのように対象の深い特徴を捉えようと、三段階論とはまったく無関係なものになると理解したほうがいいだろう。

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by ksyuumei | 2007-08-17 23:57 | 論理