2007年 07月 13日 ( 1 )

強力なアルゴリズムの発見が、形式論理的な難問の解決を可能にする

アルゴリズムの心地よさは、その繰り返しが与えるリズム感として、感覚的な心地よさがある。この心地よさにはまってしまった人は、この感覚を味わうことに快感を感じ、繰り返し同じことをすることに飽きることは無いのだろう。これは、好みのスポーツで楽しむ感覚によく似ている。走ることが好きになった人は、その単調な動きにもかかわらず、それを飽きるというよりも、繰り返しのリズムの快感を味わいたくて何度も走りたくなってしまうのだろう。

アルゴリズムの場合は、この感覚的な快感に加えて、自分の思考が進歩し深まっているという感じがつかめると、さらに繰り返し同じ事をすることに快感を感じるようになる。これは、スポーツの場合で言えば、その単調な動作の繰り返しによる運動が、確実に自分のスポーツの能力を高めているという感じがつかめると、単純な繰り返しであるのに、それをすることの快感が高まるという相互作用的な発展の契機をもたらすのと同じではないかと思う。

宮台真司氏が、空手の訓練における型の重要性を語っていたときがあった。型というのは、空手の上達にとっては非常に重要で有効なものであるが、これがそれだけ大事なものだということは、上達した後に初めて分かるというのだ。型を訓練しているうちは、その重要性がわからないという。それはまだ上達していない発展途上の状態だからだ。ということは、型の訓練が必ず上達につながるのだという理解(信念のようなものだろうか)があるかどうかで、型の訓練の真剣さが決まるのではないかと思う。

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by ksyuumei | 2007-07-13 10:01 | 論理